ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

阪急電鉄×パラドックス社の中吊りに見る、「共感」と「反感」の構図

阪神電鉄がパラドックス社とコラボレーションして企画した車内広告(中吊り)に対する評判が非常に悪く、いわゆるネット炎上に至りました。

 

阪急電鉄、「はたらく言葉」車両ジャック企画中止へ 批判受け「思いが至らなかった」 : J-CASTニュース

これ「働かせたい言葉」? 阪急炎上「はたらく言葉たち」批判殺到の理由を考える - ねとらぼ

 

本件の経緯は、すでにたくさんのメディアで報じられているので、ここでは詳しくは述べません。

ざっくりおさらいすると、パラドックス株式会社という、ブランディングなどを手掛ける企業が企画・出版する『はたらく言葉たち』という自己啓発書からピックアップした「言葉」を中吊りとして阪急電鉄の車内に掲示したところ、非常に評判が悪かった、という話です。

 

この現象に関して、様々な方々がそれぞれの立場から分析されていますが、本稿では「共感」と「反感」という観点からお話をしていきたいと思います。

 

説教されたくない

本件の中吊り(および、「はたらく言葉たち」特設サイト)について、そこに書かれている内容が現実に即していない、とか、ブラック企業経営者の発想だ、といったような個別の非難・批判がネット上には書き込まれていますが、非難・批判の本質は単純に「古い価値観で私たちに説教するな」ということです。

 

本コンテンツの企画者であるパラドックス社は、特設サイトの中で以下のように語っています。

私たち、パラドックスは約15年に渡り、人の志を軸に多くの企業様のブランディングに携わってきました。会社の中核を担う社員様のヒアリングの中で毎回のように紡ぎ出されるのは、はたらくことにまつわる名言たち。これを自分たちだけで、とどめておくのはもったいない。この言葉を、もっと多くの人に届けることで、働くことにやりがいや誇りを見出だすきっかけにならないだろうか。そう考えて、年に一度これらの言葉を一冊に編集し、世の中に発信しています。

「はたらく言葉たち」に収録されている、今回非難の的となった「言葉」がいつごろ発言されたものであるかは分かりませんが、15年の蓄積があるようなので、昔の「言葉」をそのまま中吊りに掲載しているケースもあるかもしれません。

すくなくとも、「言葉」の内容を見る限り、昨今の労働観の変化に対して全く理解が及んでいないようです。

 

これらの「言葉」の発言者はかなりマッチョな労働観の持ち主のようです。

私個人としてはそのような労働観そのものを頭ごなしに否定するつもりはありませんが、このような「言葉」は、

「ゴリゴリ働いて立身出世したい」

「何がなんでも自分の事業をどんどん大きくしたい」

というような思いを持っている人々には受け入れられるにしても、それ以外の人々には、共感どころか、反感を買ってしまうことは、容易に想像してしかるべきです。

 

例えば、育休中の女性が赤ちゃんを抱えながら、この中吊り広告で満たされた車両に乗ったとして、「そうだそうだ、言う通りだ」と思うでしょうか。

むしろ、自身の仕事を休んで育児に奔走し、その一方で夫は育休を取得するどころか、毎日残業続きで育児参加どころか会話もままならない、というような状況であったら(実際そういう家庭も多いでしょう)、「何言ってやがる」という感想以外、持ちようがありません。

(育休中の女性に対して「仕事を休んで楽をしている」という認識を持っている人を今でも見かけますが、そういう方からすると上記のような心象は理解できないかもしれません。が、その時点でその方は現代社会の実態をキャッチアップできていないことが明白なので、価値観のアップデートが緊急で必要です。)

 

また、日々、上司や取引先に振り回されて疲弊しているサラリーマンがこの中吊りを見て、「その通りだ、自分も奮起しなければ!」と思うでしょうか。「説教は上司からだけで十分だ。これ以上、中吊りにまで説教されたくない」と思うのが当然ではないでしょうか。

 

現在の日本社会の労働観は、起業家のように自身の裁量とリスクテイクで24時間働くような人々がいる一方、男性も育児休暇を取ることが推奨されつつあるようなワークライフバランス重視の思考や、精神論ではなく合理性を担保して生産性を高めるべきだという考えなどなど、昭和型の画一的な根性論から脱却して多様性が許容されつつあるという過渡期にあります。

このような流れの中で、

「今どきの若者(ないしは、社会)に物申す」

というフォーマットで提示すれば、それは当然「古い価値観に基づいた説教」という受け取られ方しかしません。

 

それは誰の「共感」なのか

昨今の広告は、直接的な「商品の認知」や「購買促進」よりも先に「共感」を獲得することに重きを置くケースが多くなってきています。

この「共感」というのは大変扱いが難しいもので、価値観の多様化によって、誰かの「共感」は他の誰かの「反感」につながることが非常に多くなっていますし、同時に、ソーシャルメディアの一般化によって「反感」が可視化されやすい状況でもあります。

 

このため、宣伝したい商品・サービスのターゲット層の「共感」を得ることだけしか考えずに宣伝活動を行なった場合に、ターゲット外の人々の目に触れて「反感」を招き、それがソーシャルメディアで拡散されてネット炎上に至る、ということが昨今のプロモーションの炎上の一類型となっています。

 

ソーシャルメディアにおけるリスクマネジメントを考えた場合、そのクリエイティブに「共感」するのは誰で、「反感」を持つのは誰で、「反感」を持つ人々がその反感をどのようなロジックで発信するのかを、しっかりと想定しなければなりません。

想定した結果として、「反感」を持つ人々のロジックに説得性が無いだろうことが想定されるならば、拡散・炎上に至る可能性は低いので、そのクリエイティブでプロモーションを実行しても問題ないでしょう。また、ある種の説得性のあるロジックで「反感」を表明する人がいたとしても、それに対する備えをあらかじめ用意できていれば、一方的に叩かれて終わりではなく、社会に建設的な議論を巻き起こすことができ、場合によっては企業やブランドのイメージを向上させることができます。(詳しくはこちらの記事をご参照ください。)

 

このような「共感」「反感」に対する事前の想定をすることは、世間の反感を恐れた日和見であるかのように見えるかもしれません。

しかしながら、広告が純粋な言論活動であるならば、

「自分たちが正しいと思っていることを発信できないなんておかしい」

という議論も成立し得ますが、広告は、言論活動である前に宣伝活動です。多くの反感を買ってまでそのメッセージを発信するべきかは、企画段階で十分に検討するべきでしょう。

同時に、ここで重要なのは、先にも述べた通り「世間に迎合しろ」ということではなく、「反感」を予想してロジックを立て、その「反感」を企業のブランディングおよびマーケティング上許容できるのかを検討するということです。

 

本件「はたらく言葉たち」の中吊りについては、阪急電鉄のご担当社は

「我々も見てチェックしていたのですが、思いが至らなかった。」

と、J-CASTの取材に対して述べられているので、この「反感」に対する想定が不十分であったという他ありません。

本件の中吊りの言葉に共感する人も一定いたかもしれませんし、ターゲットはそのような「共感」してくれる人だったかもしれませんが、様々な立場や価値観を持つ人々が目にする電車の中吊り広告においては、「反感」に対する想定が重要だということを念頭におく必要があります。

 

なお、蛇足ではありますが、本件で中吊りに掲載されたような言葉は、書店の自己啓発本のコーナーに行けばいくらでも存在しています。なぜそれが炎上しないのかといえば、その本のターゲットになっている人以外にほぼリーチしないからです。

これが広告と異なるところです。

 

多様な人に受け入れられるのは、厳しさではなく優しさ

本件がネットで拡散・炎上する中で、対比として評判を上げたのが、西武鉄道の中吊りです。

news.livedoor.com

 

「はたらく言葉たち」が想定していたターゲットは、おそらくビジネスマンだと思うのですが、ビジネスマンたちの多くは、仕事で上司や取引先から説教をされる立場です。この上、なんで広告にまで説教されなきゃならんのだ、という「反感」を抱くのは、本来容易に想像がつくところです。

他方、上記の西武鉄道の広告は、その広告を見る人を全肯定しています。肯定されて嫌な気持ちになる人は少ないですし、もし仮に「反感」を抱く人がいても、その人の「反感」が多くの人に支持されるロジックとしてソーシャルメディア上に拡散することは無いと言えます。

 

このように、誰にとっての「共感」で、誰にとっての「反感」になるのか、ということが、ソーシャルメディア時代の広告では重要なのです。

 

 

【追記あり】カネカの炎上に見る、レピュテーションマネジメントの要諦

化学系メーカーとして有名なカネカが、人事労務問題で炎上しています。

 

夫の育休直後に転勤命令「信じられない」妻が告発 カネカ「コメントは差し控えたい」(BuzzFeed

 

カネカ、育休(合法)行使の男性社員に遠距離転勤(合法)行使でやり返したと配偶者発の炎上・育休ページ削除(市況かぶ全力2階建)

 

ことの経緯は上記の記事をご覧いただくとして、ソーシャルメディアに関するリスクマネジメントの観点から考えて本件は大きく2点の課題が挙げられます。

今回は、この2つの課題について整理し、企業がソーシャルメディアにおけるリスクマネジメントを考えるに際して、どのような対策を取るべきなのかについてお話ししていきたいと思います。

 

課題1. 人事制度運用について

発端は、マイホーム購入後間もない、育休明けの男性従業員に対して遠方への転勤が命じられ、それを断ると退職せざるを得ない状況が作られたという、当該男性従業員の妻による告発ツイートでした。

 

ツイートの時点では、本アカウントのフォロワー数は145人だった(ツイプロによる)ので、本アカウント自体に大きな影響力があったわけではありません。これが、影響力のあるアカウントによって引用リツイートされ、拡散に至ります。

 

本来は、拡散される前に会社側で発端となるツイートを捕捉し、何らかの対処をすべきであったでしょうが、会社名が特定できる情報は61日に初めて公開されたので、それまでは捕捉のしようがなかったものと思われます。

ただし、問題の本質は、本ツイートを会社側が発見できなかったことではなく、本ツイートが投稿されるに至った人事労務上のトラブルですので、ここではこれ以上掘り下げません。(このあとの「課題2」には関連しますので、そちらで掘り下げます。)

 

本件で問題視されている(=ネットでの批判の対象となっている)人事労務上の問題は、下記の通りです。

  • 男性従業員の育休明け直後の遠方への転勤命令パタハラ、懲罰的人事
  • マイホーム購入直後の遠方への転勤命令「ローンを組んだばかりなら会社の命令に逆らえないだろう」という昭和的人事観
  • 会社側(上司)が提示した退職日が急である。
  • 退職までに有休消化をさせない。

という4点が主なものです。

ここで注意しなければならないのは、主な非難・批判の的になっているのは退職日や有休消化の問題ではなく、むしろ、(従業員側から見れば)無茶な転勤命令に非難・批判が集中しているということです。(もちろん、有休消化をさせない件について、「それが妥当な処置である」という反応ではなく、「そんなのはダメなのは当然のことで、論ずるに値しない」というスタンスなわけです。)

 

転勤命令については、元ツイートの記載内容が全て本当のことであったとしても、違法であると断じるのはなかなか難しいでしょう。(もちろん、業務命令の濫用であるとなれば、適法性が疑問視される可能性もありますが。)

ですが、今回の炎上においては適法性の当否が議論の対象になっているわけではありません。適法であったとしても、従業員が抗命しにくい状況にあることや、また、懲罰的人事に見えるようなタイミングであったことにより、道義的な妥当性を強く問われているわけです。

 

企業側の論理としては、

「適法な運用をしているのに、なんで文句を言われなきゃならないのか」

「どこの企業もやっていることなのに、なんでウチだけ文句を言われなければならないのか」

と考えるかもしれません。(カネカがそう考えている、ということではありません。念の為。)

ですが、「法律さえ守っていればOK」というのは、「評判」という観点からは下策です。

 

なぜ企業が「働きやすい職場」ということをアピールするのかといえば、優秀な人材に集まって欲しいからです。

カネカの場合も、ワークライフバランスを謳い、くるみんマークを取得するなど、働きやすい環境をアピールしていた企業です。

その際、それと整合しないような過酷な人事労務の実態があるのであれば、「働きやすい環境」のアピール自体が欺瞞とみなされ、ネット炎上につながりやすい状況が発生します。

 

これは、ネット上での評判という曖昧なものだけでなく、実際の人材確保にも影響を与え得る問題です。

新卒の就職活動生がほぼ必ず参照すると言われる「みん就」というサイト上でも、内定辞退に関する書き込みが多数寄せられているという情報もあります。

【画像】カネカ育休問題の大炎上で株価急落!不当転勤辞令⇒退職追込み

実際に内定辞退者が発生しているかを部外者が確認することはできませんが、働きやすい職場を期待して就職を希望した就職活動生が、その期待とのギャップが大きいことを認識した場合、内定辞退を申し出る可能性は十分にあるでしょう。

 

他方、ワークライフバランスの逆をいくような、根性論の体育会系のような社風を自他共に認めている企業であれば、ネット上の反応も「まぁ、そうだよね」という冷ややかなもので終わった可能性も十分にあります。(もちろん、それでも、違法性のある運用をしていれば、バッシングは当然されますが。)

 

参考:

オープンハウスの職場パワハラ告発、ありがちすぎて株価は無風 : 市況かぶ全力2階建

 

もちろんこれは、ハナから悪い評判を広めておけば良い、ということではなく、評判だけ高めるのではなく実態を伴うよう努力をしなければならない、とご理解いただくのが妥当です。

 

課題2. 広報の対応

この記事を書いている6517時時点で、カネカはまだ公式見解を発表していません。

 

ネット炎上に限らず、何らかの問題が生じて大いに話題に上がっている状態に対して何日も公式見解を出さずにいると、ネット上では様々な憶測が飛び交い、その憶測がやがて真実であると認識されるようになってしまいます。

 

今回の炎上に関しても、男性従業員の妻によるツイートが全て本当のことであるかどうか(嘘や課題表現を盛り込んでいないか)については、部外者である我々には判断材料がありません。我々が得られる情報は、具体性と時系列を伴った生々しい一連のツイートのみです。

この一連のツイートは、第三者にとって真偽を確かめる手段は無いものの、尤もらしさは確かに感じさせるものです。

また、もしこのツイートがデマであるのなら、これほどまでに話題になっているのにカネカ側が何の反論もしないというのは不自然である、という疑念を第三者に抱かせます。

その印象を端的に表現しているのが、フォロワー78万人(!)のジャーナリスト・佐々木俊尚さんによる下記のツイートでしょう。

 

 広報の初動が遅ければ、本件を深掘りされるだけでなく、本件に直接関わりのない話まで掘り起こされて、話題に上げられてしまいます。

 

特に、64日の日経ビジネスオンラインの記事は、その典型でしょう。

カネカ続報、「即転勤」認める社長メールを入手:日経ビジネス電子版

 

企業側が説得性のある公式コメントを発表しない限り、憶測やリークが、マスメディアでもソーシャルメディアでも飛び交います。

公式HP上の育休に関するページを炎上後に削除したのではないか、というような疑惑など、痛くもない腹を探られるようなことが発生してしまうのも、まさにこの派生によるものです。)

そうなると、ますます企業に対する不信感が募る結果となります。

 

(炎上時に果たすべき企業の説明責任については、こちらの記事をご参照ください。)

 

トラブルに関する説明を十分に行わないままウヤムヤに終わったケースとしては、日大アメフト部問題が記憶に新しいところですが、これは、皆が忘れたから話題に上がらなくなったのではなく、悪い印象が定着したためにわざわざ話題に上げるまでもなくなったという構図であることを理解する必要があります。

実際に、日本大学の入試出願者数は、アメフト部問題後に13%も減少したわけです。(参照:平成3 1 年度日本大学入学志願者数一覧

(なお、他大学の入学志願者数は前年並みで推移していたことが報道されています。記事

 

マスコミ等で問題が頻繁に報じられていたのが平成30年の夏頃までであったことと願書の受付期間を考え合わせれば、報道されなくなってからの影響関係も十分に見て取ることができ、説明をせずに逃げ切ろうということは決して上策ではないことが分かります。

 

本件の場合、個別の従業員の処遇に関する話なので、公式コメントを発表するにもどこまで発表できるのか(できないのか)、判断の難しいところですが、上記の通り、何の公式コメントも出さないというのは決して得策ではありません。

が、何をどう発表するのか、実際に炎上が発生してからゼロベースで考えるとなると、「できればこのまま嵐が去るまでジッとしていたい」という思いに囚われやすくなり、迅速かつ冷静に必要な対処を行うことが難しくなります。

このためリスクマネジメントでは、平時のうちにケースと対処を想定しておくことが重要なわけです。

 

ソーシャルメディアに関するリスクマネジメントはBtoB企業も必須

ネット炎上というと通常、一般消費者に対して商品やサービスを通じて相対する企業(C向け商品のメーカーや小売り、飲食業、など)が気をつけるべきもののように思われがちなのですが、カネカの場合はほぼ純粋なBtoB企業です。(子会社で一部、一般消費者向けの健康食品を製造していますが。)

このことから、BtoB企業であっても、ある種のネット炎上に対する想定はしておかなければならないということが、本件の前提の理解として必要です。

 

せめて、これまで数々の企業が炎上してきたパターンを整理し、その炎上パターンが果たして自社にも相当する可能性があるのか、可能性があるパターンについては実際に問題が生じた際にどのように対処するのか。

このようなリスクの棚卸をし、平時から関係各部署および経営陣で認識を共有しておくことこそ、最も重要なリスクマネジメントです。

 

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ソーシャルメディア特有のリスクに関する棚卸や分析についてのご用命は

info@s-risk.net

までお問い合わせください。

 

追記

66日に、以下のステートメントがカネカから発表されました。

 

当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて

 

ソーシャルメディア上での拡散が始まったのが61日であったことを考えると、ステートメント発表のタイミングとしては異例の遅さです。

「状況が分からないから何も発表しない」ということではなく、「ただいま事実関係を調査中です」というコメントだけでも早期に発表し、誠意をもって対処しているという印象を形成するのが基本中の基本なわけですが、遅きに失した感が否めません。

 

また、ステートメントの内容についても、ネットでは概ね不評なようです。

最も問題なのは、有給休暇を取得させなかったという事実について、何らコメントが無いという点です。

もし有給休暇を取得させなかった、ということ自体が事実無根であるならば、それを明記すべきですし、事実として有給休暇を取得させなかったのであれば、それについての説明をしなければなりません。

この点について触れられていないため、ステートメントにおいて自社の無謬性を論じていることに説得力が生じず、十分な納得感が得られない結果となっていると言わざるを得ません。

 

 

広告クリエーターのお悩み

東洋経済オンラインに、非常に興味深い記事が掲載されていました。

toyokeizai.net

 

これを拝読し、広告制作側の悩みに深く首肯するとともに、広告クリエイティブを原因としたネット炎上の予防施策について、制作サイドにまだまだ認識が広まっていないのだなぁということを実感しました。

これはひとえに、私のようにソーシャルメディアにおけるリスクマネジメントを仕事とする者が、自身の存在をしっかりと伝えられていないが故であると襟を正さざるを得ません。

 

今回は、クリエーターのお悩みに寄り添いつつ、実務としての解決の提案についてお話ししていきたいと思います。

 

考え方は多様だ

記事において著者は、ジェンダー1つとっても、考え方が人ぞれぞれであるということの難しさについて指摘しています。

 

フェミニストの間でだっていろんな意見があるし、女性でありながら女性差別を肯定する人もいる。私たちは何かと女性代表であるかのように「女性の意見」を求められるが、女性だって本当は多様なのだ。 

 

このような多様な考え方がネットに表出する時代だからこそ炎上は発生するわけですし、多様な考え方全てに配慮したクリエイティブを常に作り続けられるかといえば、非常に難しいことでしょう。

例えるならそれは、サイコロで絶対に「1」の目を出さずに100回振り続けることと同じだと思います。何の細工も無いサイコロであれば、100回どころか10回も難しいでしょう。

ただ、「100回は無理でも、80回ならイケる」という状態にするのがリテラシーであると、私は考えています。

 

ここでいう「リテラシー」とは、「なにを言ったらどういう属性の人からどういうツッコミが入るのか」ということを想定できる力のことだとお考えいただくのが良いと思います。

このリテラシーを身につけるには、トピックごとにどのような議論ポイントが存在しているのかを知ることが重要です。

 

たとえば、著者が記事であげている女性のジェンダーに関するトピックだけでも、「いろんな意見」が存在します。

もちろん、ジェンダーのトピックは女性問題だけでなく、LGBTQもホットトピックです。また、トピックはジェンダーだけではありません。人種、出自、貧富格差、恋愛格差、政治思想による分断、地方の格差、などなど、数え上げたらキリが無いぐらいに様々なトピックがあり、そのトピックごとに「いろんな意見」が存在します。

また、その「いろんな意見」の中でも、穏当なものから極端なもの、賛同する人が僅少であろうものから多くの人が納得感を持つものまで様々です。

 

こんなに様々な視点を要求されるような議論ポイントを網羅的に知ることは、果たして可能なのでしょうか。

結論から言えば、個人で取り組むことも無理ではないにしろ、かなりの労力をかける必要があるでしょう。具体的には、ネット上で交わされる議論に常に目をくばり、同時に、哲学や倫理学、法哲学などのような思想系の学問や、社会学のような人間行動を広く扱い学問、ひいては、認知科学のように人間行動を生物学的観点から分析するような学問まで学ばなければならない可能性があります。

これは、普通に働くビジネスマンにとって、かなりの高負荷である割に見返りの少ない営為ではないかと思います。

 

では、こういった議論のポイントはどのように学習すれば良いのでしょうか。

 

「いろんな意見」の学び方

著者は、実際にネット炎上の生の声をSNSで見てみたといいます。

 

私自身も、ある広告が炎上したとき、SNSの投稿を興味深く追いかけていたら、数時間ほどコピーが書けなくなってしまった経験がある。批判の言葉でパンパンになった脳は、アイデアを出せなくなってしまうことを知った。ジェンダー炎上ときちんと向き合わず、「最近みんなうるさいよね」と流してしまうクリエーターが多いのは、ある種の防衛本能かもしれない。

 

まさにこのとおりで、炎上の最中に激昂している批判者のツイートを読むことは、学習としてはかなり遠回りなだけでなく、場合によっては逆効果になることもあり得ます。

というのも、炎上真っ只中の、スクリーニングされていない投稿の数々には、罵詈雑言もあれば極論もあり、そのような文脈に不慣れな広告クリエーターが生のまま接触するには不要な刺激が多いからです。そのような剥き出しの言葉に接してクリエーターが感じるのは、恐怖や疲弊だけではないかと思います。

 

では、どうやって学習すべきなのか。

 

どんなクリエーターでも、たとえば「在日朝鮮人は朝鮮半島に帰れ!」などというコピーを書いたらダメなのだということは分かっているはずです。

それは何故「分かっている」のかといえば、ネトウヨの加害行為をつぶさに見たからでもなく、ネトウヨに対する批判をたくさん読んだからでもなく、「常識」としてロジカルにも直感的にも理解しているからなはずです。つまり、その「常識」は、トラブルの現場(ネット炎上で言えば燃え上がっているSNS)をつぶさに観察して身につけたものなのではなく、日常での教育の結果として身につけたものなはずです。

ネット炎上の難しさは、ひとえにこの「常識」が日々ネット上で議論され先鋭的に拡張されている状況に、かなりの割合の人がついていけていないということに起因しています。

 

記事中で著者がLOFTのバレンタイン広告を引き合いに出して、

 

「女の敵は女」「女の友情は希薄」などという固定観念に、みんなウンザリしていたんだなあと思うし、私もそれには同意する。しかし女性ウケしそうなイラストとポップなアートディレクションを見ると、こういう表現をつい最近まで面白がってたんじゃないのか?と、作り手側としては混乱するような気分もある。

 

としています。特に、「こういう表現をつい最近まで面白がってたんじゃないのか?」は、クリエーターとしての本音であり、まさに、先鋭的に拡張された常識に対しての戸惑いではないかと思います。

(ちなみに私は、LOFTバレンタイン広告の真の原因は、ジェンダー問題ではなく別なところにあると考えています。詳細はこちらの記事をご参照ください。)

 

しかも、この「先鋭的に拡張された常識」は、常に変わり続けます。つまり、一度理解したら10年同じ常識で大丈夫、というようなものではありません。今の「常識」は、1年後には通じなくなっている可能性があります。

また、「#metoo」のようなキッカケがあれば、それを起点にガラリと大幅に変化するものですあります。

 

これと似たように「常識」がどんどん変わっていくジャンルとして、情報セキュリティ分野が挙げられます。

情報セキュリティに関する「常識」も、テクノロジーの日々の発展に伴ってめまぐるしく変化しているわけですが、このような変化に対応するために、おそらく多くの企業において、最低でも年に1回は、全従業員に対して情報セキュリティ研修の受講を義務付けている場合が多いでしょう。

これと同様に、ネット炎上における「常識」も、高頻度で上書き学習をする必要があるといえます。

 

また、「これはダメ」「あれはダメ」とダメなことを列挙して覚える、というような一問一答丸暗記形式では「先鋭的に拡張された常識」に対応できません。「なぜそのトピックでは、このようなアプローチがNGなのか」というロジカルな理解が必要です。

そうでないと、応用が効かないばかりでなく、炎上しそうなクリエイティブに「炎上しそう」という指摘を行う際に、なぜ炎上しそうなのかの言語化ができず、声を上げづらいという問題が生じます。

 

実際、記事の中でも下記のとおりの指摘があります。

 

かといって制作者以外の人間がチェックをするのも、簡単ではない。大勢の人間が関わり、アイデアを積み上げ、作り上げたものに対して「これはマズイですよ」と言うのは勇気がいる。マズイと思うあなたの感覚は正しいんですか? と、針のむしろになるかもしれない。

 

感覚ではなく、ロジカルに言語化できなければ、炎上リスクを衡量することができず、合理的な判断はできません。仮に「感覚」が正しかったとしても、その「感覚」に他の人が納得できなければ、まさに「針のむしろ」になってしまうので、ロジックを立てての言語化は必須です。

 

このようなことから、トピックごとの論点を整理して、

「このトピックでは、こういう観点とこういう観点が有力で、過去に炎上したこのクリエイティブでは、後者の観点を持つ人からの非難が強かった。この非難の妥当性はこれで、一方、反論の余地としてはこれだ」

というレクチャーを受講する機会を設けることが重要なのではないかと思います。

 

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上記のような

「このトピックでは、こういう観点とこういう観点が有力で、過去に炎上したこのクリエイティブでは、後者の観点を持つ人からの非難が強かった。この非難の妥当性はこれで、一方、反論の余地としてはこれだ」

というようなレクチャーのご依頼を承っております。

 

ご興味があれば、

info@s-risk.net

までお問い合わせください。

 

 

ネットリンチの実像と対策

前回は、ネットリンチとネット炎上の違いについてお話をしました。

ネットリンチは、それを行う人の主観では「制裁」であり、人をネットリンチに走らせるのは処罰感情を暴走させる情動のバグである、と結論しました。

 

なぜ「バグ」という表現を使ったのか。それは、ネットリンチという行為が全く以って正当性を有していないにもかかわらず、その行為を行なっている本人たちは正しいことであると考えているという、主観と実態の認識の大きな乖離があるからです。

今回は、ネットリンチにおける「主観と実態の認識の乖離」を通して、ネットリンチの実像と、企業における対策についてお話していきたいと思います。

 

実例に見るネットリンチ参加者像

2017年頃を中心に、ある匿名ブログでの呼びかけがきっかけとなって、複数の弁護士に対する懲戒請求が弁護士会に大量に送りつけられるという問題が発生しました。

その後、この懲戒請求が不当であることが20194月に裁判で認められ、懲戒請求を行なった者に対する個別の損害賠償請求が認められました。

不当懲戒請求「余命読者」6人に支払い命令、個別の損害認める 弁護士2人が勝訴 - 弁護士ドットコム

余命ブログの懲戒請求裁判、判決を分析 - 弁護士ドットコム

 

一連の経緯については、NHKのクローズアップ現代+でも取り上げられたので、そちらの公式まとめ記事をご参照ください。

なぜ起きた?弁護士への大量懲戒請求 - NHK クローズアップ現代+

 

上記クロ現+の記事にもあるとおり、ブログの呼びかけに乗せられて事実関係を十分に確認しないままに懲戒請求を送った人々の属性について、NHKの取材の結果、以下のようなことが分かったとされています。

懲戒請求したおよそ1,000人をNHKが独自に調べたところ、住所などが判明したのは470人。全国各地に広がっていました。平均年齢は55歳、およそ6割が男性でした。公務員や医師、主婦や会社経営者など、幅広い層にわたっていたことが分かりました。

こういうことをするのは、引きこもりのニートや、ネットばかりやっているオタクだという偏見がまだまだ根強いのですが、意外に平均年齢も高く、「公務員」「医師」「企業経営者」といった、ホワイトカラー層も含まれていることが判明しています。

 

逆に、ニートについては、最近別な記事で以下のような指摘がなされています。

中高年のひきこもりでは、1日、何もしていない人が半分ぐらいいます。ベッドで横になったり、ソファに座っていたり。頭の中でいろいろ考えて葛藤しているから、退屈は感じないそうです。部屋に籠ってネットやゲームに没頭している印象を持たれがちですが、それは実は少数派。ひきこもっている人は自責的になっており、自分には娯楽を楽しむ資格はないという思いがあるようです。

「中高年ひきこもりは自己責任か?」精神科医・斎藤環が予測する「孤独死大量発生」時代 | 文春オンライン

つまり、社会生活を送っている普通の人々が

「決して自分が悪いことをしている意識はない。俺いいことやっているんだと、ある種の高揚感みたいなものも当然あったし。」(上記クロ現の記事より)

という意識で、このような行為を行なっているわけです。

 

なお、これを「ネットリンチ」の例と考えた場合、「ネットに書き込んでいないじゃないか」という反論がありそうですが、「正誤の分からないネットの情報を鵜呑みにして、逸脱者(と、彼ら彼女らが考えた相手)に制裁を加える」という意識の在り方はネットリンチそのものですので、ここで取り上げました。

 

ネットリンチに対処する上で重要なこと

企業がネットリンチに遭ってしまった場合、対策を考える上での前提は、2パターンに分かれます。

 

  1. 根も葉もないデマや根拠の無い話がベースになっている場合
  2. きっかけとなった問題は確かに真実だが、炎上がヒートアップしてバッシングがエスカレートしてしまった場合

 

「1.  根も葉もないデマや根拠の無い話がベースになっている場合」は、先に挙げた懲戒請求のケースが典型です。

懲戒請求は弁護士個人に対するものですので、企業に対してこんなことが起きるものなのかと訝しく思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、古くは、「マクドナルドのハンバーガーのパティはミミズの肉を使っている」とか「ケンタッキーフライドチキンの鶏は化学的な品種改良がされていて足が6本ある」など、びっくりするほど根も葉もない噂が立つこともあるわけです。

このため、デマは企業にとっても対岸の火事ではありません。

 

このようなデマに対して如何に対処すべきかは、以前の記事に詳述いたしましたので、そちらをご覧ください。

「デマ」リスクに対する備え - ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

 

他方、「2. きっかけとなった問題は確かに真実だが、炎上がヒートアップしてバッシングがエスカレートしてしまった場合」については、対処のタイミングの見極めが非常に難しいです。

あまり本質的ではない点について反論したり否定したりすると、逆に炎上が加速します。このため、許容できるもの・できないものの見極めをシビアにおこなわなければなりません。

また、炎上の最中にデマに対処するのか、炎上が鎮火してから個別に対処するのか、という判断も必要になります。

対処の仕方についても、ネットの書き込みに対する削除依頼をするのか、個別の書き込みに対して対処するのではなく、噂を否定するようなコメントを発表するのか、これも状況によります。

このように、「2」は「1」に比べ、状況判断が非常に難しいため、平時から様々な状況を想定しておかないと場当たり的な対処に陥ってしまい、かえってトラブルを大きくしてしまいかねません。

 

上記「1」にしても「2」にしても、当然、紛争対応の専門家である弁護士に相談することが重要でしょう。

とはいえ、判断の全てを弁護士に丸投げするという姿勢は決して褒められるものではありません。

トラブルが発生する前に、上記のような想定をしながら、判断の線引きを社内でよく検討し、関係者間で共有することが重要です。

 

 

「ネット炎上」と「ネットリンチ」は同じ物?

前回は、非難・批判の限度を超えた攻撃的な書き込みがネット上にはしばしば存在することを、最後に述べました。

今回はこの「限度を超えた攻撃的な書き込み」について理解を深め、「ネット炎上」と一緒くたに論じられがちなこのような行為についての正しい対処についてお話ししていきたいと思います。

 

ネットの書き込みでの執拗な攻撃

ネット上で、ある特定の人に対して不特定または多数の人が執拗に攻撃し、人格的に追い込むなどの行為がしばしば見受けられます。

攻撃を受ける人がなぜそのような攻撃を受けることになってしまうのかといえば、その人の実際の言動が原因となる場合もありますし、事実無根の噂話が発端となることもあります。

 

「実際の言動に基づく場合」の例を挙げれば、バイトテロの当事者に対する攻撃などは分かりやすいでしょう。

どこかの店舗のスタッフがおふざけのレベルを超えるような不適切な行為をネットに書き込むのがいわゆる「バイトテロ」です。(バイトテロそのものに関する詳細は、こちらの記事をご参照ください。)

 

その不適切行為の当事者がネット上で非難・批判の嵐にさらされて「ネット炎上」に至るわけですが、その際、非難・批判の程度を超え、「二度と社会復帰できなくしてやる」という謎の執念に駆られて執拗に対象者を攻撃したり、場合によっては素性まで調べ上げて個人情報を晒しあげたり、といったことを行う人もいます。

 

他方、「事実無根の噂話が発端」となった事例として有名なのが、タレントのスマイリー・キクチさんのケースです。

スマイリー・キクチさんは長期にわたって、殺人犯であるというデマをネット上で多数書き込まれ続けました。(詳しくはスマイリー・キクチさんの著書『突然、僕は殺人犯にされた』を参照してください。)

このケースでは、ネット炎上と言えるほどの大量の書き込みが短期間になされたということはなく、長年にわたってネチネチと、ネット掲示板やブログのコメント欄などにパラパラと書き込まれ続けたという特徴があります。

つまり、ネット上での執拗な人格攻撃は、必ずしもネット炎上を伴うわけではありません。このため、ネット炎上と人格攻撃とは、分けて考えないと対策を誤ります。

 

本稿では、このようなネット上での執拗な人格攻撃のことを「ネットリンチ」と呼びます。

 

「ネットリンチ」とは

「リンチ」は、日本語では「私刑」などと表すこともあります。文字通り、司法を経ずして私的に断罪し制裁を加える行為を指します。

ただ、私的な制裁といっても、リンチ(=私刑)の場合には集団で寄ってたかって行うという意味合いが含まれますので、「子供を殺された親が、殺人犯に対して一人で敵討ちをする」というような、単独で行う行為は含まれないと考えるのが妥当です。

 

また、例えば複数人の強盗グループが金品を強奪する目的で通行人に対して寄ってたかって暴力行為を行なったとしても、通常「リンチ」とはいいません。なぜなら、先にも書いたとおり、「リンチ」とは「制裁」という目的を(主観的には)伴うものですので、特定のコミュニティにおけるルールを逸脱した者を罰する行為であるという側面が付随するものだからです。(それが正当な行為か否かは別として。)

 

加えて、「リンチ」には通常、物理的な暴力が伴いますので、村八分のようなタイプの制裁については「リンチ」と表現するのはあまり一般的ではありません。(メタファーとして「リンチ」と表現することはあるかもしれませんが。)

 

このような特徴を踏まえた場合、「リンチ」という言葉を口語的に表現すると、

「法律に関係なく、コミュニティ内の論理でコミュニティからの逸脱者を寄ってたかってボコボコにする」

と定義できるでしょう。

 

なぜわざわざ「ボコボコにする」のかといえば、逸脱者を逸脱したまま野放しにすると、コミュニティの秩序が保たれないと考えるからです。その「秩序」とは、法律に定められる法治的秩序のことではなく、リンチをする側が考える「オレたちのコミュニティのルール」に基づく秩序です。

 

かつてアメリカの公民権運動が盛んであった頃、白人至上主義者が黒人に対してリンチを行なっていたのは、まさに白人至上主義者にとっての「オレたちのコミュニティのルール」に基づく秩序を脅かす者を制裁する(=ボコボコにする)ことであったわけです。

「同じ町」「同じ国」に住んでいる(=同じコミュニティに属している)者が、リンチする側が考える「オレたちのコミュニティのルール」に反する価値観を有しているということを「逸脱」と捉え、「制裁」するのです。

 

このような構図は、「ネットリンチ」でも同じです。「同じ国」「同じ日本語ネット空間」に存在している逸脱者をネット上でボコボコにするのがネットリンチです。

ただし、ネットリンチの場合は物理的な暴力が行われるのではなく、ネット上の書き込みが非物理的な暴力として為されます。これは、「言葉の暴力」である誹謗中傷や脅迫といったものだけでなく、個人情報を晒すなど、対象者の身の安全が間接的に脅かされるような情報を書き込むといった行為も含まれます。

 

「ネットリンチ」は情動のバグである

「リンチ」も「ネットリンチ」も、「逸脱」の程度と「制裁」の程度がバランスしないケースが多々あります。

端的に言えば、

 

  • こんな程度のことで、なぜこんなにボコボコにするのか?
  • ホントかどうかも分からないことなのに、なぜ既定事実と考えるのか?
  • 対象者がホントに逸脱者なのか?

 

といった疑問符の付くケースが非常に多いわけです。

先に挙げた白人至上主義者による黒人リンチも、リンチの対象者が公民権運動への賛同者かどうか、つまり、「白人至上主義」という「オレたちのコミュニティのルール」から相手が逸脱しているかどうかを見極めず、ただ黒人であるというだけで「制裁」していたわけです。

 

参考:黒人リンチで4000人犠牲、米南部の「蛮行」 新調査で明らかに 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

 

これは、当然ながら、理性的な判断の結果とはとても言えません。

なぜこのような「制裁」感情(処罰感情と言い換えても良いでしょう)が生まれてしまうのでしょうか。

 

心理学者で哲学者のジョシュア・グリーンは著書『モラル・トライブズ』の中で、「情動」が処罰感情に影響を与えることについて、以下のように述べています。

 

彼ら(筆者注:デボラ・スモールとジョージ・ローウェスタイン。心理学者)は、罰の研究でも同様の行動を報告している。彼らは被験者に、協力的もしくは利己的にふるまうことができるゲームを行なわせた。ゲームの後で、協力的だったプレーヤーには、利己的なプレーヤーを罰する機会が与えられた。(中略)罰の厳しさは情動反応の強さに比例した。(第10章)

 

ここで「情動」とされているものは、以前の記事で取り上げたダニエル・カーネマンが「システム1」、ジョナサン・ハイトが「象」と呼んだものです。平たく言えば「直感」です。

この「情動」が処罰感情に影響を与えるため、処罰の妥当性や厳しさはロジカルに判断されるとは限りません。

 

ここに、人間の持つ脳神経の特性としてのシャーデンフロイデを考え合わせれば、リンチやネットリンチにおける過剰な処罰感情は、情動のバグ(むしろ仕様かもしれませんが)による処罰感情の暴走と考えるべきでしょう。

暴走なので、ハタから見たときに合理性を見出せないのは当然と言えます。(このあたりは、次回さらに掘り下げたいと思います。)

 

他方、企業を対象にした「ネット炎上」での非難・批判については、「情動」だけでなく「理性」(「システム2」「象使い」)に相当するものも多く見受けられます(もちろん「理性」だけなわけでなく、玉石混交ですが)。これこそが、「ネット炎上」と「ネットリンチ」の一番の違いと言えるでしょう。

つまり、企業側は、どこまでが受容すべき非難・批判で、どこからが「ネットリンチ」なのかを見極めなければならないわけです。

 

この見極めができないと、いざ自社がネット炎上の対象となった際に「ネットリンチ」を受けているという誤った認識を持ってしまい、一方的な被害者意識に陥ってしまう可能性があります。

事実、実際に炎上した企業のご担当者様から、「なんでこんなに叩かれるのか、分からない」という戸惑いの声を伺うことが度々あります。

このような認識の齟齬は、ネット炎上を鎮火させるにあたっての大きな障壁となるだけでなく、再びネット炎上を起こしてしまうリスクを温存することになりますので、改めなければなりません。

 

 

今回はここまでとして、次回は、ネットリンチをする人の実像と、その対策についてより深く掘り下げていきたいと思います。

 

 

なお、蛇足ではありますが、私自身は、ネット炎上は場合によって社会に資することもあるだろうと思う一方、ネットリンチは有害なだけであると考えています。

本ブログはあくまで、企業のリスクマネジメントに資するという観点から書いていますので、「社会に物申す」というようなスタンスは取っておりません。このため、リンチやネットリンチという唾棄すべき行為についても務めて淡々と記載しております。

リンチ、および、ネットリンチを肯定する気持ちは微塵もありませんので、お汲み置きください。

 

 

「ネット炎上」において「拡散」は必然なのか

前回は、ネット炎上における「拡散」がどのような経路で発生するのかについてお話をしました。

今回は、「炎上」と言われる現象においては「拡散」を伴うものと伴わないものがあり、その違いはどうして生じるのかについてお話していきたいと思います。

このことを前提とせずに何となく「ネット炎上」というものを一括りにしてしまうと、ネット炎上の本質が捉えきれず、結果として対策や対応が的外れになってしまうので、非常に重要なトピックだとご理解ください。

 

Twitterでの「拡散」を伴わないネット炎上

前回の記事でも簡単に触れましたが、ネット炎上においては、2011年を境にTwitterでの「拡散」という現象が一般化しました。

それまでのネット炎上は概ね、

 

  1. 2ちゃんねるにスレッドが立ち、叩かれる。
  2. 攻撃対象となる人が開設しているブログのコメント欄に大量の非難・批判が寄せられる。

 

の2パターンだったため、「拡散」という現象そのものが成り立ちにくかったわけです。

(いろんな人のブログで記事にされる、という、マイルドな「拡散」は存在しましたが。)

 

この2パターンのうち、「1. 2ちゃんねるにスレッドが立ち、叩かれる。」については、2014年の転載禁止措置や運営上のトラブルなどに伴い、2ちゃんねる(現在は名称が変わり「5ちゃんねる」)自体、現在はかつての勢いが失われています。

2000年代には「炎上といえば2ちゃんねる」でしたが、現在ではそのような文脈からは大きく離れた存在であることを、対策の際の念頭に置くべきでしょう。(ただし、ネットのリスクマネジメントにおいて全く無視して良いということではないので、注意は必要です。)

 

他方、「2. 攻撃対象となる人が開設しているブログのコメント欄に大量の非難・批判が寄せられる。」については、主に芸能人ブログなどで今日でも発生しています。

たとえば、元モーニング娘。の辻希美さんは、自身のブログに何を書いても批判コメントが寄せられることでよく知られており、三日と空けずにネットメディアが報じています。

辻希美、スーパーで買い物撮影して大炎上「禁止されてるのに非常識」 - デイリーニュースオンライン

辻希美“選挙に行った”アピールで批判されるも、以前から習慣だった 思い出されるモー娘。のヒット曲 - エキサイトニュース

 

このように、コメント欄に大量の非難や批判が寄せられる現象を「コメントスクラム」と呼びます。

 

なお、「コメントスクラム」が発生してネットメディアに上記のような記事が掲載されても、「拡散」が発生するとは限りません。コメントスクラムはあくまでコメント欄というローカルな場所においての現象であり、Twitterなどで非難・批判の論調が「拡散」するかどうかは全く別の問題です。

辻希美さんのブログについても、多くの人は芸能ゴシップの1つとして生暖かく見守っているだけなので、ネット炎上における「拡散」に当たる現象はほぼ発生しません。

このように、「拡散」という現象が伴わずコメント欄が荒れるだけの現象についても「炎上」という言葉で表現するのが現在の用例として一般的ですが、「拡散」を伴う炎上と伴わない炎上では、企業における実務の面から考えると全く異なる対処が必要ですので、区別して考える必要があります。

 

企業の実務として考えるコメントスクラム

ちょっと前までは、公式ブログでコメント欄を設けていた企業も一定数ありましたが、現在はそれに代わって、Facebookページ、YouTube公式チャンネル、InstagramTwitterの公式アカウントなどを設けている企業の方が圧倒的に多数です。これらにも、コメント欄がありますし、そこに非難や批判が書き込まれることもあるでしょう。

もちろん、単に非難や批判が書き込まれるだけならば、それは「炎上」とは言いません。おそらくほとんどの企業で公式アカウントを開設する際に、個別のコメントに対してどのように対応するかのルールを定めていると思いますので、そのルールに則って粛々と対応することになると思います。

問題は、そのような個別の対応の範囲を超えて、コメント欄に大量の非難や批判が寄せられる「コメントスクラム」の状態になった時にどうするのか、ということです。

 

コメントスクラム状態になった場合に、まず確認すべきことは、その非難や批判がTwitterで「拡散」に至っているかどうかです。

先に例として挙げた辻希美さんのブログのように、コメント欄では非難の嵐でもTwitterでは一切波風が立っていない、ということもあります。「拡散」の有無によって、企業側としての対応は異なります。

 

ケース①:Twitterでの「拡散」が伴っていない場合

 

コメントスクラムだけ発生して、「拡散」が発生しないという状況は、芸能人のブログやTwitterアカウントなどではよく発生するのですが、企業アカウントについてはあまり発生しません。ただ、全く発生しないわけではないので、可能性の1つとして念頭に置いておく必要はあります。

例えば、水族館や動物園などのような生体展示を行う施設の公式アカウントに対して、ある時一斉に動物愛護関連のコメントが数千、数万単位でつけられたりすることがあります。そのようなとき、もちろんTwitterで「水族館(or 動物園)は狭い場所に生き物を閉じ込めていてけしからん!」という話が「拡散」しているかというと、平常時と変わらない(皆無ではないけれど、普段より急激に増えているということでもない)状態であったりします。

 

このような場合には、コメントスクラムの内容が対話可能な種類の話であるかどうかを見極め、触れずにおくのか、当該公式アカウントで何らかの声明を発表するのか、それともコメントスクラムのコメントを非表示にする(プラットフォームによってそういった機能の有無が異なります)のかを検討しなければなりません。

いずれにしても、そこでの対応を誤った場合にはTwitterへの「拡散」に発展する可能性がありますので、ネガティブな「拡散」が生じないように配慮することが重要です。

 

なお、現在のところTwitterのリプライは、リプライをつけられた側では非表示にすることはできないのですが、それが今年の6月から可能になる予定である旨が発表されたようです。

Twitterが不要なクソリプを自分で隠せる「ツイートを隠す」機能を2019年6月にもリリースすると予告 - GIGAZINE

 

また、「拡散」を伴う場合でも、以下の2パターンに分けて考える必要があります。

 

ケース②:Twitterでの「拡散」が先にあって、その後にコメントスクラムが発生している場合

 

例えば、Twitter上で特定の企業の何らかの言動に対しての非難・批判の声が高まり、いわゆる「炎上」に至った場合、それに関して企業側に直接的に考えを問う人が一定数現れます。

それが電話で行われる場合は「電凸」と呼ばれるわけですが、電話やメールといった手段でなく、企業の公式アカウントに対するコメントという形で行う人もいます。Twitterでの「拡散」が先にあって、その後にコメントスクラムが発生している場合、そのような状況が典型として考えられます。

 

このような場合、コメントスクラムはそれ自体が「炎上」なのではなく、「炎上」を構成する一部の現象でしかありません。このため、コメントスクラム自体をどうするか、ではなく、何が原因で炎上が発生しているのかを見極め、全体像を把握して対処に当たらないといけません。

 

ケース③:Twitterでの「拡散」よりも先にコメントスクラムが発生している場合

 

今どき非常に稀なケースですが、コメント欄が「コメントスクラム」と呼ぶべき状態にまでなってから、それが元となって「拡散」が生じる、ということもあります。

例えば、Facebookページ上に企業がアップしたコンテンツに倫理上の重大な欠陥があり、フォロワーから多数の批判が寄せられたにもかかわらず企業側が放置した場合などは、「直接言っても聞き入れないなら、拡散させてやる」とユーザーが考え、Twitter上に「【拡散希望】」として告発する、というような状況が典型として考えられます。

ただ、それで本当に「拡散」に至ってしまうような致命的な問題を、コメント欄で非難・批判されても放置するような企業は、炎上に対して向き合う姿勢がそもそも出来ていないと思いますので、事ここに至って慌てたとしてもおそらく処置のしようが無いと思われます。(なので、ここでは論を省きます。)

 

受忍すべきでないコメントスクラムについて

ここまでは、コメント欄に寄せられたコメントスクラムの内容が当を得たものであり、企業側としても傾聴をすべきもの(実際に受け入れるかどうかは別として)であることを前提に論を進めてきました。

が、なかにはただの嫌がらせ目的であったり、事実無根なデマであったり、というコメントスクラムも存在します。人によってはたくさんのアカウントを1人で利用し、多数の人が非難・批判を書き込んでいるかのように装う場合もあります。

(参考:平子理沙が中傷被害「自殺しろ」ブログに悪質投稿 - 日刊スポーツ

 

このような、非難・批判の限度を超えた行為に対しては、場合によって企業は毅然とした対応をしなければなりません。

もちろんこれはコメントスクラムに限定した話ではなく、ネット上の書き込み全般について言える事です。

それを考える上で、前提として「ネットリンチ」という概念を理解しておくと整理がしやすいので、次回は「ネットリンチ」についてお話ししたいと思います。

 

今回はここまで。

 

イベント告知:日本広告学会 クリエーティブフォーラム2019

直前の告知となってしまいましたが、511日(土)に日本広告学会のクリエーティブフォーラム2019にて、WOMマーケティング協議会メソッド委員会名義でポスター発表を行います。

日本広告学会 クリエーティブフォーラム2019 開催概要

 

当日は私も発表者として参加しております。

 

 

発表内容は、WOMマーケティング協議会メソッド委員会の独自調査である、インフルエンサーマーケティング実態調査の結果と分析についてです。

 

参照:

広告主と一般消費者にインフルエンサーマーケティング実態調査を実施 - WOMマーケティング協議会

 

インフルエンサーマーケティングという言葉が広告・マーケティング関係者の間に定着して久しい昨今ですが、実際にそれが広告主や消費者、さらにはインフルエンサーと言われる人々にどのように受容されているのか、という実態調査の結果について発表いたしますので、ぜひお立ち寄りください。

 

よろしくお願いいたします。