ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

悪名は無名に勝るのか? 炎上マーケティングの功罪

芸能人や政治家は、ヒール役にも需要があったり、功罪の功の部分に注目して熱心に支持してくれる人が一部でもいれば活動を維持できる面があるので、炎上マーケティングでの効果も一定得られる可能性が高いように思います。

その最たるケースがアメリカのトランプ大統領でしょう。

 

一方で、企業や団体は、よほどニッチな目的を設定した小さな企業・団体でなければ、いろいろな価値観の人を包摂して広く受け入れられないと成り立ちません。このような場合に果たして、炎上マーケティングは有効であり得るのでしょうか。

 

鹿児島県志布志市のケースをを例に考察してみたいと思います。

(雑な考察であることは平にご容赦ください。)

 

志布志市PR動画『少女U』とその後

20169月、鹿児島県志布志市のPR動画『少女U』がネット上で話題になりました。というか、炎上しました。

炎上の経緯等については迂遠を避けるために外部サイトへのリンクを掲載します。

 

志布志市のふるさと納税PR動画が削除に 養殖ウナギをスク水女性に擬人化、ネットでは批判の声も - ねとらぼ

賛否呼んだ「うなぎ美少女飼育」動画を削除 市長がホームページで謝罪(BuzzFeed)

志布志市のうなぎ少女動画で、海外メディア「多発する日本の女性差別の例」と続々報道 | ハフポスト

 

この動画は何のために作られたかというと、志布志市へのふるさと納税を促そうとするものでした。

そのために、返礼品の目玉である地場のうなぎを前面に押し出した結果がこの動画だった、というわけです。

 

大人しいPRでは世間の話題にのぼることもなく、誰の認知にも繋がらずに、ふるさと納税の額が増えることも期待できないという焦りもあったかもしれません。

おそらくはそういった意図があって、思わず話題にしたくなるような攻めた動画にしたのだと思います。

結果、多くの人が話題に上げましたが、その多くは批判的なものであり、志布志市側は動画の掲載を取りやめ、市長が謝罪するに至りました。

典型的なネット炎上の顛末です。

 

しかしながら、その後しばらくして、このような報道がなされました。

ウナギ少女効果?で3倍に 鹿児島・志布志市ふるさと納税(1/2ページ) - 産経WEST

 

炎上騒動があった2016年度の志布志市のふるさと納税額が前年に比べて3倍になったというのです。

このため、炎上マーケティングは効果があると言えるのではないか、と考える人も現れました。

(志布志市の件との直接の関連は不明ですが、20177月には宮城県のPR動画が炎上した際に、宮城県知事が明確に炎上マーケティングを志向するような発言をしていました。)

 

ただ、この「3倍」という数字について、果たしてネット炎上がどの程度寄与していたのかは、寡聞にして私の知る範囲では検証されていません。

本当に「炎上のおかげで3倍になった」のでしょうか。

 

炎上前後での志布志市のふるさと納税額の推移

志布志市のふるさと納税額はどのように推移したのか。

現状で一般に公開されている最新の情報は、平成30年度版の「ふるさと納税に関する現況調査結果(都道府県・市区町村別)集計結果」だと思われるので、これを元に紐解いてみましょう。

 

総務省|ふるさと納税ポータルサイト|トピックス|平成30年度ふるさと納税に関する現況調査について

 

2008年度から2017年度までの志布志市へのふるさと納税の件数は下記のとおりです。

(単位:件)

平成202008)年度

8

平成212009)年度

15

平成222010)年度

26

平成232011)年度

37

平成242012)年度

60

平成252013)年度

53

平成262014)年度

57

平成272015)年度

34,338

平成282016)年度

99,269

平成292017)年度

153,221

 

平成272015)年度にケタが3つも増えています。

 

次に、金額は以下の通りです。

(単位:千円)

平成202008)年度

3,215

平成212009)年度

10,915

平成222010)年度

6,178

平成232011)年度

6,250

平成242012)年度

8,662

平成252013)年度

7,090

平成262014)年度

5,134

平成272015)年度

750,269

平成282016)年度

2,253,398

平成292017)年度

3,040,000

 

たしかに前掲の報道のとおり、平成282016)年度は前年に比べて3倍の金額です。

が、ここで同時に、平成272015)年度については前年に比べて146倍であるという事実にも目を引かれます。3倍という数字が霞んで見えるぐらいの倍率です。

もちろん、絶対的な金額の多寡もあるので、単に倍率だけで比べることはできませんが、認識しておかなければならないのは、炎上した平成282016)年度に初めて大きくふるさと納税額が伸びたということではないということです。

 

他方、志布志市の金額だけを見ていても、全国的なトレンドが分かりません。

そこで、全国のふるさと納税額の合計値も見てみましょう。

(単位:千円)

平成202008)年度

8,139,573

平成212009)年度

7,697,723

平成222010)年度

10,217,708

平成232011)年度

12,162,570

平成242012)年度

10,410,020

平成252013)年度

14,563,583

平成262014)年度

38,852,167

平成272015)年度

165,291,021

平成282016)年度

284,408,875

平成292017)年度

365,316,666

 

近年のふるさと納税ブームもあり、全国規模で大きく金額が上昇しています。すごいですね。

これによると、全国合計額は、平成282016)年度は前年に比べて1.7倍です。ふるさと納税額そのものが全国レベルで大きくベースアップしていますね。

となると、志布志市の「3倍」を、「炎上のおかげで3倍」と考えるのは妥当性を欠くように思われます。

 

また、財政というのは1年だけ潤えば良いということではありません。

PRする際にはおそらく、「批判はあっても、それをきっかけに認知してもらって、返礼品が良いということを分かってもらえれば、きっと翌年以降にもつながるはずだ」という思いがあったのではないでしょうか。(あくまで憶測ですが。)

 

それでは、翌年はどうだったでしょうか。

志布志市への金額は、平成292017)年度は前年比1.3倍強。他方、全国合計額は1.3倍弱。ほどんど差がありません。

つまり、ベースアップ分程度しか、志布志市ののふるさと納税額は増えていません。

 

さらに言えば、平成292017)年度については、

返礼品紹介サイト閲覧を市職員に指示 ふるさと納税で鹿児島・志布志市 ランキング上位狙い - 産経WEST

このような、グレーな手法を取ってまでPRに努めた結果であることも考え合わせなければなりません。

つまり、2016年の炎上による知名度効果は、翌年まで持ち越すことはできなかったと思われます。

 

以上から、炎上によって得られた知名度がふるさと納税額に与えたプラスの効果は、かなり限定的であったと考えるべきではないかと結論します。

 

炎上で失ったものは?

ここまでは、志布志市が炎上で得られたもの、という観点から考察してきましたが、一方で、失ったものについても考えていきたいと思います。

というのも、真の利益は、得たものと失ったものを相殺して初めて評価できるものだからです。

 

おりしも、炎上の直前である2016年の2月~3月、志布志市では市民に対する意識調査を行っていました。

その内容が、志布志市役所が発行する広報誌『市報しぶし』の20168月号、9月号に掲載されています。

 

『市報しぶし』 2016年8月号

『市報しぶし』 2016年9月号

 

特に9月号に掲載されている「地域ブランド化への期待」という項目では、上位5位までの回答として

「生産者の収入増加」

「関連産業の振興・雇用の増加」

「観光客の増加」

「地域の知名度と誇りの向上」

「地域のまとまり・活性化」

が挙げられています。

『少女U』で「知名度」は確かに向上したと思われますが、果たして「誇り」は向上したのでしょうか。

 

また、今、地方自治体は、ふるさと納税額を増やすこともさりながら、企業や移住者を呼び込んで法人税や事業税や住民税を税収として上げるということにも躍起になっています。それでなければ財政が成り立たないからです。

果たして、炎上による知名度向上は、企業や住民を呼び込む効果を得たのでしょうか。

 

直近の志布志市の税収の推移を見てみましょう。

(単位:千円)

 

税収合計額

ふるさと納税額

ふるさと納税差し引き

平成262014)年度

11,892,950

5,134

11,887,816

平成272015)年度

11,859,930

750,269

11,109,661

平成282016)年度

14,130,439

2,253,398

11,877,041

(参照元:http://www.city.shibushi.lg.jp/docs/2018100400154/

 

2018117日現在、発表されている集計が平成282014)年度まででした。

また、平成252013)年度以前については「税収等」の項目が見つけられず、追えていません。

これを見ると、ふるさと納税以外の志布志市の税収額は緩やかな下り坂である可能性が読み取れます。(3年だけなので、断定はできませんが。)

炎上の翌年である平成29年度の税収がどのように推移しているかは現時点では不明ですが、返礼品として買い上げた商品を扱う地場の企業からの法人税が加わったとして、果たしてどれだけの増収があったのかは刮目する必要があるでしょう。

 

他方、もしふるさと納税による増収がなければ、志布志市の財政を待っていたのは緩やかな死であったかもしれません。

そこに、棚からボタ餅のように、平成27年度に前年比146倍ものふるさと納税がもたらされます。

それによって、「これだ! どんなことをしても、ふるさと納税に力を入れろ!」という意思決定に傾いたとしても不思議ではありませんし、それが2016年(平成28年)の『少女U』につながったというストーリーが頭をよぎります。(あくまで憶測です。)

 

結論

炎上によって志布志市のふるさと納税額が上がった可能性は否定できませんが、その効果は限定的であり、住民の「誇り」や、市外からの移住のモチベーションということまで勘案した場合には、炎上がプラスに働いたとは必ずしも言えないでしょう。

むしろ、目先の限定的な利益のために、長期的なブランディングを犠牲にしたと考えるのが妥当ではないでしょうか。

 

 

 

 

 

参考図書:

炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』 第2章「炎上は地方を救うのか?」(河井孝仁)

 

 

 

ネット炎上には、削除依頼ではなくアカウンタビリティ(説明責任)で

「某掲示板に自社の内部情報が書かれている」「自社への謂れのない中傷がTwitterに書かれている」という状況になると、その企業の意向としては、当該投稿を削除したいと考えるのが自然です。

実際に、「削除したいのだけれど、どうしたらいいだろうか」「削除依頼をすることで、却って騒ぎが大きくなったりしないか」などのご相談をいただくこともあります。

 

私は弁護士ではないので、そのような個別のケースの最適解をアドバイスする立場には無いのですが、一般論をお伝えしつつ、ご自身で対応するのが難しい場合は弁護士にご相談されるようにお話しています。

 

その際、常に削除依頼を出すべきなのか、というと話は別です。

 

ネット炎上時こそ、説明責任を果たすべし

例えば、企業がネット炎上の対象となった場合、ネット上に書き込まれる内容には憶測やデマも含めて虚実ないまぜの情報が入り乱れることになりますが、企業としては炎上の最中にその個別の投稿について「これは虚偽だ」と削除依頼をするべきなのでしょうか。

結論としては、「否」です。

 

ネット炎上において最も悪手なのは、都合の悪い情報を隠蔽することです。

「隠蔽」かどうかは見ている側が決めることなので、企業が「隠蔽」を意図して削除依頼をしたのでなくても、炎上の最中に削除依頼をすることは「都合の悪い情報に蓋をしようとしている」、つまり「隠蔽」と受け止められるのが必定です。

特に、ネット炎上中にDMCA申請による削除依頼をするなどして「濫用である」という指摘がなされ、却って炎上騒動を大きくするというケースが、過去に複数存在します。DMCA濫用については、後日あらためて別な記事で説明します。)

 

2018/1/16追記:

DMCA濫用について記事を書き起こすつもりでしたが、徳力基彦さんによる優れた解説・論評がありましたので、下記リンクいたします。

Wantedly騒動に学ぶ、ネットの悪評を削除するリスク | AdverTimes(アドタイ) by 宣伝会議

 

では、ネット炎上に至ってしまった場合、企業としては虚実ないまぜの情報がネット上で錯綜するのを指を咥えて眺めていることしかできないのでしょうか。

これも、答えは「否」です。

 

なぜなら、企業側は個別の投稿に対処するのではなく、情報を開示して消費者の不審や不信の払拭に努めるべきだからです。

情報を積極的に開示することで、何が正しくて何がデマなのかを広く一般に知らしめることが、その瞬間の炎上対策として有効なだけでなく、ネット炎上鎮火後の再起動にも必要なことなのです。

なお、現状の開示だけでなく、今度どうしていくのかの善後策まで発表できれば尚良いのですが、善後策まで決めてから発表するのでは対応が後手に回るので、まずは情報を開示して説明責任を果たすことが重要です。

 

その際、これの前提として必要になるのは、ネットでどんな風説が広まっているのかを把握し、理解することです。何をどうして批判されているのかを理解すること無しには、何をどう情報開示すれば良いのかも分かりませんし、ましてや、善後策など立てられるわけもありません。

理解することなしに「とりあえず謝罪しておこう」ということでは、企業の謝罪に慣れてしまった昨今のネットユーザーには見透かされてしまいます。

 

一般企業ではなくメディアの炎上では、すでにこのような事例も発生しています。

 

「週刊SPA!」の炎上騒動 抗議の学生らが扶桑社に改善要求へ - ライブドアニュース

扶桑社は「稚拙な記事を掲載し、多くの女性を傷付けてしまった」と謝罪しました。これに対して、署名を呼び掛けてきた大学生らは騒動を収めるための表面上の謝罪に過ぎず、女性蔑視という根本的な問題を理解していないとして、改善を求めるため、午後に扶桑社と話し合う予定です。 

つまり、理解することなしに型通りの謝罪をしても、それは誠意ある対応とは受け止められなくなりつつあるのです。

 

とはいえ、「ネットの書き込み」といっても、多くの人から共感されるようなものから、誰からも無視されるような無理筋まで、様々です。それらの言説を同等に扱っているとキリがありません。

このため、

 

  • どのような言説が存在するのか
  • その言説はどれぐらいの人に支持されている(ないしは、されそう)なのか

 

という2点を把握して、対応すべきものとそうでないものとの切り分けを行い、対応すべきものには情報の開示と説明責任を果たさなければなりません。

 

説明責任を果たす難しさ

前述ような対応をすることについて、昭和の感覚からすると、

 

  • ごちゃごちゃ言わずに潔くひたすら謝る方が良い。
  • ヘタに説明すると却って誤解を招くなどしてツッコミどころを作ってしまう。

 

という反対意見が出るかもしれません。

その反対意見は、マスコミというある程度限られたプレイヤーと対峙したり、個別の顧客に対応する場合には有効なロジックかもしれませんが、ソーシャルメディアのように不特定多数が相互に影響しあって発言を増幅させていくソーシャルメディアにおいては全く役に立たないだけでなく、消費者からの反感すら買いかねません。

 

といっても、実際に、情報を積極的に開示して十分な説明責任を果たすというのは、なかなか難しいことではあります。

企業としてのガバナンスだけでなく、コミュニケーション能力も求められることになりますし、法律で決まっていることでもないので、どこまで説明すれば十分なのかのガイドラインもありません。企業は、そのような事案に臨機応変に対処するのを苦手とすることが多いですから、何の準備も無いままにいざ「炎上した!」となってしまうと、なす術がありません。

 

では、どうすれば良いのか。

それは、平時から体制づくりをしておくしかありません。

 

 

体制づくりについては、また別な記事で改めて。

 

 

広告審査の落とし穴

ネット炎上の昨今の傾向として、企業や団体のプロモーションが対象となるケースが少なくない割合を占めています。

その多くは「違法ではないけれど不適切である」という主旨の指摘がネット上に多数寄せられるなどして謝罪に至るわけですが、その謝罪文にはほぼ必ず再発防止に努める旨の記載があります。

本稿では再発防止に関連して、「マズい広告を作らないようにする」制作側の施策の話ではなく、「マズいクリエイティブに待ったをかける」広告審査側の施策について考えていきたいと思います。

 

広告審査とは

商品やサービスの広告を行う場合、そこには、文章、写真、絵、音声などの表現が発生します。

その表現は、景品表示法を始め、健康増進法や薬機法、各種業法などの様々な法律による規制がかけられています。

法律だけでなく、業界団体や企業によって広告表現を自主規制する場合もあります。

いずれも、商品やサービスの効果や優位性などを事実に反して過剰に喧伝することを防ぎ、消費者が商品やサービスに対して誤った理解をしないようにするための規制です。

 

新聞、テレビ、雑誌、webメディアなどには、自社の媒体に掲載される広告クリエイティブが法規制や自主規制に反していないかをチェックする人たち(広告審査担当)がいます。少なくとも、事業におけるコンプライアンスの必要性を理解しているメディアでは、広告を媒体に掲載する前に必ず広告審査担当がチェックし、マズい表現があれば差し戻します。

また、法律などに違反していないか、というだけでなく、自社の媒体の価値を毀損する内容でないか、品位を貶めるものではないか、などの視点でもチェックをします。

 

これに対し、広告を出稿する側(=広告主側)には、このようなチェック体制を用意している企業はあまり多くはありません。もしあったとしても、自社で出す広告のクリエイティブを全てチェックしているという企業は非常に少ないでしょう。

最近、企業のプロモーションのクリエイティブが不適切だとして炎上に至ったもので、自社のホームページや自社のYoutubeチャンネルにアップした動画が炎上するケースが多くを占めているのは、上記したような事情から、広告審査を経ずして公開されてしまうからだ、ということがしばしば指摘されています。

 

「炎上すると思います」自社CMに勇気を出して反対した女性。不幸な炎上を未然に防ぐには?(BuzzFeed)

 

広告審査部門を置くことの重要性

ソーシャルメディアが発達するまでは、宣伝をメディアでの広告掲載に頼らない方法は限られていましたが、現在は自社のホームページはもちろんのこと、ソーシャルメディアの公式アカウント運営やYoutubeチャンネル開設、インフルエンサーの起用など、インターネット上で様々なことができるようになっています。

このような環境の変化に対して、企業のプロフィット部門は必死にキャッチアップし、様々な手法を駆使して宣伝効果を上げようとしています。ただし、プロフィット部門としては当然ながら、「いかに売るか」が至上命題であり、それにブレーキをかけるような思考にはなかなかなれないことでしょう。

しかし現時点では多くの企業で、プロフィット部門が「この宣伝は炎上しないか?」というブレーキ役も同時に果たさなければならない状態に陥っているのではないでしょうか。まさに、アクセルを踏みながらブレーキも踏む、といった、非常に負荷のかかる状況ではないかと思います。

そのような状況では適切なリスク判断ができず、リスクがリスクのまま放置された状態になりかねません。

 

自前のネット施策の比重が次第に大きくなってきている企業では、マズいクリエイティブに対して「これはマズい」とジャッジしてくれる担当を早期に用意するべきではないでしょうか。それも、自社内に。

もちろん、広告審査業務を請け負う企業もあるので、そういう企業に外注するという手もありますが、私としては内製化することをお勧めします。

 

というのも、広告審査を請け負う企業は、企業や商品のブランディングまで考えてくれるわけではないからです。

どこまで攻めていいのか、どのような表現の場合にブランドを毀損することになるのか。外注化するならば、そういったことを請負先に明確に指示しなければなりません。フワフワとした概念だけ伝えても、請負会社は作業のクオリティを担保できません。

明確に指示するとなれば、その指示をできるほどの知見が社内になければならないわけで、「社内に知見が無いので、いい感じによろしくお願いします」では、うまくいかないのです。

 

「広告審査」で気にすべきは法律ばかりではない

広告審査担当を社内に用意したとして、それだけで安心はできません。

広告審査担当が法律や自主規制にばかり気を取られて、倫理観についての社会的風潮に対する嗅覚を養うことを怠ると、ネット炎上リスクは低減できません。

 

たとえば、先日、ピーチ・ジョン社がネット炎上するに至りました。

ピーチジョン社が販売する栄養補助食品について、自社サイトでの宣伝の文章中に不適切な記載があったとして批判を受け、結果、当該文章を削除するだけでなく当該商品を販売中止とするに至りました。

 

ピーチ・ジョン、サプリを販売停止し謝罪 広告の「こっそり相手に飲ませる」表現に批判 - ねとらぼ

 

販売中止となった栄養補助食品は、サイト上で「情熱的な感情を呼び起こす、男女兼用ラブサプリ」という、性的衝動が促されるものであることを印象付ける文言で紹介されていました。

その上で、「こっそり飲ませる」という使用方法が提案されていることが問題視され、不適切ではないかという批判を受けることとなったわけです。

 

実際のクリエイティブを広告表現の法規制の点から見たときには、医薬品的効能効果の標榜とまで言えるかどうかは断言できないものでした(かなり濃いめのグレーだとは思いますが)。この程度の広告表現を行なっているサブリメントメーカーは多いので、ピーチ・ジョン社だけが問題だ、ということではありません。

また、商品そのものも、いわゆるデート・レイプ・ドラッグとして問題視されるような成分(医薬品成分や麻薬成分など)が含まれているわけでもなさそうです。(あくまで商品紹介のページに記載されていた内容からの推察ですが。)

つまり、広告審査担当が薬機法や健康増進法ばかりに気を取られていた場合、このクリエイティブに「待った」をかけることができません。(法律を理由に待ったをかけたとしても、「これぐらい他社でもやってるじゃねーか」と反論を受けて押し切られるかもしれません。)

 

ここで必要になるのが、先に述べた「倫理観についての社会的風潮に対する嗅覚」です。

これに照らすと、先のクリエイティブにはいくつかの点で致命的な問題(それが今回の炎上の原因になっています)があるということに気付くことができます。

今回のクリエイティブの問題を一つ一つ詳らかにすることは本稿の目的ではないので省きますが、もしかしたら10年前であればこれほどの大炎上に至らなかったかもしれません。

ですが、ここ2、3年の議論のトレンドを把握していれば、現在ならば非常に問題視されるだろうことを容易に気付くはずです。ただし、このようなトレンドは昨今非常に流れが早く、プロフィット部門の人間が片手間でリアルタイムにキャッチアップするのは難しいでしょう。

そこで、専従の広告審査担当を設け、法律だけでなく、倫理的な議論も常にキャッチアップした上でクリエイティブのチェックを行うのが望ましいわけです。

 

「広告審査」に立ちふさがる2つの障壁

広告審査担当がクリエイティブをチェックして「これはマズい」と判断した場合、クリエイティブの修正・変更を要求することになります。

その際、クリエイティブの修正・変更を制作側に受け入れてもらうためには、2つの障壁があります。

 

1つは、制作側やプロフィット部門との力関係で広告審査担当の差し戻しが通らず、押し切られてしまうという問題です。

これはメディア側の広告審査部門でも発生し得る問題なのですが、社内では「売上を上げる側」「お金を持っている側」が常に強く、広告審査担当は邪魔者扱いされてしまう、ということがあります。このため、リスクマネジメントの観点からは、広告審査担当の意見が十分に考慮されるような体制づくりが欠かせません。

 

もう1つは、なぜ「マズい」のかを広告審査担当がロジカルに伝えられるかです。

広告審査担当は、問題を嗅ぎ取る嗅覚に優れていなければならないのですが、いくら嗅ぎ取っても、それがなぜ「マズい」のかを、制作側に対して明確に説明できなければなりません。

ただでさえ制作側には「なんでダメなんだよ」という不満が発生しやすいですし、プロフィット部門からは「売上の邪魔をするな」という圧があります。そんな中で、「ただの個人の感覚」だけを根拠に差し戻しをしようとしても、通りません。

つまり、広告審査担当には、「審査」のスキルだけでなく、審査結果理由を説明できるプレゼン力が必要となります。

 

体制づくりには経営側からの配慮やサポートが欠かせないのはもちろんですが、広告審査担当が社会的風潮をキャッチアップしたり、プレゼン力を身につけたりといったことも、独力の自己研鑽だけで賄うのは非常に難しく、会社組織としての取り組みが必要でしょう。

 

 

 

ジェンダーロールとネット炎上

ジェンダー関連のネット炎上として、杉田水脈衆議院議員が『新潮45』に寄稿した『「LGBT」支援の度が過ぎる』の話題が記憶に新しいところですが、LGBTQ関連を原因としたネット炎上は政治家の発言が発端となるケースが非常に多い一方、企業活動に関連するものは非常に少ないようです。(全く無いわけではないようですが。)

 

他方、どちらかというとジェンダー関連でも、社会が個人に要求する「男性性」や「女性性」については、ここ23年、企業活動に関連してのネット炎上が非常に多いようです。

たとえば、私立大学の医学部入試において、女性が差別的な扱いを受けたことが発覚して問題になったり、「#metoo」に代表されるようなセクシャルハラスメントに対する告発が相次いだりなど、企業活動における「男性性」「女性性」については、非常に多くの現実的な課題が噴出していると考えるべきでしょう。

これは、企業のプロモーション活動においても例外ではありません。

 

なぜ炎上する? 企業のプロモーションとジェンダーロール

社会が要求する「男性性」「女性性」のことを一般に「ジェンダーロール」と言います。

より具体的に言えば、

「男性/女性はこうあるべきだ」「男性/女性にはこうあってほしい」「男性/女性とはこういうものだ」

というような社会規範や、場合によっては非科学的な根拠を基にした思い込みなどにより決定される男性または女性の社会的役割のことを指す言葉として用いられることが多いでしょう。

 

ジェンダーロールは時代と共に変化します。

かつては日本でも、女性に対して

「幼にしては父兄に従い,嫁しては夫に従い,夫死しては (老いては) 子に従う」

などということが真顔で言われていた時期もあるようですが、現代においてこんなことを言えば正気を疑われるでしょう。

 

もちろん、企業プロモーションで、このような露骨な女性差別が肯定されるようなものはありません。(私の知る限り。)

しかしながら、時代と共にどんどん変化していくジェンダーロール像(というか、ジェンダーロールからの解放)を理解しなければ、差別の意図のない差別をしてしまい、結果、炎上を招くという構図が成り立ちます。

 

本ブログでも前回、ジェンダーロールに関連して炎上に至った直近のケースについて取り上げましたが、そのようなケースは繰り返し発生しています。(以下はその一部です。)

 

(2015年)

ルミネの“女性応援CM”が炎上──女性をけなす第1話に非難殺到、一方2話目では…… - ねとらぼ

 

(2016年)

養殖うなぎ(美少女)「養って……」 志布志市が名産のうなぎを擬人化したシュールなPV公開 - ねとらぼ

資生堂「インテグレート」批判受けCM取り下げ 「しんどい生き方助長」「25歳過ぎたら女の子じゃない?」と炎上 - ねとらぼ

 

(2017年)

「お酒飲みながらしゃぶるのがうみゃあで」 サントリー「コックゥ〜ん!」CMに「下品」「下ネタ」と批判相次ぎ公開中止へ - ねとらぼ

宮城県、壇蜜出演のPR動画を近く削除へ ネットでは「風俗みたい」と批判も - ねとらぼ

 

さらに2018年に入ると、ジェンダーロール問題をきちんと理解していないと、何が批判されているのかも理解できないというようなケースが発生します。

 

マジカのcmが不快で嫌いと炎上|旦那の濱田岳が初めて皿洗いするやつ | 最新CM2019虎の巻

 

ジェンダーロール問題で注目される論点として、「家事分担」は非常に重要なテーマで、「家事は女性がやるもの」という前提に立ち、それを肯定的に描くことが受け手の反発を招くということを、プロモーションの作り手は理解しておかなければなりません。

 

また、家事と並んで重要なポイントとなるのが「育児」です。

「育児は女性がするもの」という前提に立ち、それを肯定的に描いているという印象を与えてしまえば、批判を招くことになってしまいます。

 

ムーニーのおむつCMに「ワンオペ育児を賛美しないで」批判⇒ユニ・チャーム「取り下げはせず」本来の意図は? | ハフポスト

 

ただし、現実的には、「家事」や「育児」を夫婦の共同作業として取り組めている家庭ばかりではないでしょうし、そのような現実を無視して理想的な家庭像ばかり描いていてもクリエイティブとして説得力が無く、共感を得られないというのが実情ではないでしょうか。

 

そのような課題感に対する、現状での最適解のひとつに挙げられるのが、20189月公開のオロナインのCMです。

 

youtu.be

 

夫婦そろっての子育てで、不慣れながらも手を赤ん坊をお風呂に入れるお父さんの姿を描いています。

ハンドクリームのCMといえばこれまで「女性の手」に塗るというクリエイティブであったところを、男性の手に塗るという変化を盛り込んだところも瞠目すべき点です。

 

ジェンダーロール問題を理解するには

ジェンダーロール問題について正しく理解するためには、「禁忌事項を箇条書きで並べて、べからず集を作る」というような方法は全く役に立ちません。

 

「女性をセクシャルに描いてはダメ」

「育児、家事は男女一緒でなければダメ」

「女性の容姿のことを話題にしてはダメ」

というような禁忌事項を作成したところで、これでは上記した炎上事例を防げないですし、クリエイティブの自由な発想も必要以上に制限してしまうことになるでしょう。

これでは誰も(企業も消費者も社会も)幸せになれません。

 

では、どうすべきなのか。

その課題は今後も本ブログでは折に触れて考えていきたいと思いますが、実務レベルでの入門書として、下記の書籍が非常にお勧めです。

 

治部れんげ『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版社 

 

ジェンダー論を専門とする著者が、プロモーション活動において、ジェンダー(特にジェンダーロール)問題で炎上した事例を開設するだけで無く、ディズニー映画の変遷を分析して、社会がどのようにジェンダーロールに対する認識を変えてきたのかという根本理解につながるような論が、非常に平易に記されています。

企業・団体のプロモーションに関わる全ての人が読むべき本だと思い、お勧めする次第です。

(なお、私は著者と利害関係はありません。)

 

 

西武・そごう「わたしは、私」に関する議論

2019年正月、西武・そごうの広告が議論を呼んでいます。

 

西武・そごう「わたしは、私。」

www.sogo-seibu.jp

 

最もポリティカルコレクトネスの観点からロジカルに説得力のある問題提起は、概ね以下のような論調ではないかと思います。

 

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女性であるだけで不当な扱いを受けるような社会に異を唱えるといったクリエイティブかと思いきや、「わたしは、私」という個人の心持ちに帰するようなクリエイティブである。なぜ個人で対処しなければならないのか。個人では対処のしようのないところで不当な扱いを受けるケースが一番問題なはずなのに。

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ただ、これほどロジックを立てていなくても、

「正月から暴力的な写真を見せられて不快」

というような拒否反応も、決して少なくない数の投稿としてTwitter上などに見受けられました。

 

おそらくこの広告を作成したクリエイターや、OKを出した責任者の方は、女性が不当な扱いを受けることを肯定するつもりもないでしょうし、むしろ、逆風の中にある女性を応援したいという気持ちでこの広告を世に出したと想像するのですが、それが受け手に誤解なく伝わるようなクリエイティブになっていなかったということでしょう。

 

広告は、映画や文学作品ではないので、受け手がコンテクストを深く理解しようとしてわざわざ時間を割くような対象ではありません。

このため、パッと見で誤解なく伝わるクリエイティブでないと、このようなすれ違いを生んでしまうケースは多々あります。

今回のケースも、ボディコピーまで読み込むと、あるいは他の解釈の仕方もるかもしれないと気づくかもしれませんが、ボディコピーをさらっとしか読まずに、写真とキャッチコピーの印象先行で解釈すれば、

「女性に対する風当たりがいろいろあるけど、私は私なんだから気にせず前を向いて歩く」

という理解の仕方になってしまって、「女性に対する風当たり」を容認して「気にせず前を向いて歩く」という個人の気の持ちように帰結させているという前述のような批判につながってしまっても止むを得ないでしょう。

 

 

このような、ボディーコピーにいろいろなメッセージを詰め込んでみたものの、受け手は結局キャッチコピーに引きづられるという現象は、NewsPicksの「さよなら、おっさん。」についても見られました。

「ニュースピックスの『さよなら、おっさん。』はなぜ炎上したか」を分析する人々 - Togetter

 

もちろん、今回の「わたしは、私」も、NewsPicksの「さよなら、おっさん。」も、作り手と受け手のすれ違いに責の全てを帰することができるわけではありません。他にも様々な指摘が挙げられていたことも当然無視できません。

が、「作り手と受け手のすれ違い」は重要な注意点の1つであることに違いはないでしょう。

 

広告制作者は、このような現象を念頭に置いて制作をする必要があります。

 

 

参考記事:

 

「西武・そごう「わたしは、私。」広告に寄せられた賛否両論から読み解く「女性活躍」の複雑さ」(治部れんげ) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

「西武そごうの広告が本当に伝えたかった事を考察したら、とてもふんわりした。」雑感ビビッ

 

 

2019年1月30日更新:

1月29日の時点で、池袋駅構内ではこのような形で掲示されていました。

f:id:TFujisawa:20190130143619p:plain

 

ネット炎上は、特殊な人たちによる「いいがかり」なのか

ネット炎上に参加するのはごく一部の人たち? 

ネット炎上の参加者はネット利用者の中でも極々一部の人たちである、ということは、ネット炎上を研究している山口真一先生によって一貫して指摘されていることです。

ただ、その「一部の人」がどのような人々であるのかについては、多くの人がイメージしているような「社会不適合者」「引きこもり」「ネット中毒」などのような人物像とは異なっているようです。

 

ネット炎上の研究 「炎上の分類・事例と炎上参加者属性」

http://www.glocom.ac.jp/wp-content/uploads/2016/04/20160510_Yamaguchi.pdf

(リンク先、スライド38ページ目参照) 

 

もちろん、「ネット炎上」に至った事案の中でも、「そりゃ非難を浴びて当然だよね」というものから、「そんなことまで非難されなきゃならんのか」というものまでいろいろ存在しますし、ネット炎上に参加する人々がみんな同じ動機で参加するわけではないのですが、大まかな傾向として理解しておくと対策をイメージしやすくなると思います。

 

なお、上記の山口先生の調査は、炎上の対象となっているのが企業・団体の場合だけでなく、芸能人・有名人などを対象としたケースも含まれていますので、自社の対策を考えなければならない企業人が全て鵜呑みにして良いとは限りません。

 

というのも、企業のケースに比べて芸能人や有名人についてのネット炎上は、シャーデンフロイデと呼ばれる心理が働いているケースも多々あるように思われるからです。

つまり、芸能人や有名人を対象としたネット炎上は、表向きの批判内容がいかなるものであれ、本音としては相手を引きずり落とすことに快感を感じるというケースが少なくない可能性があります。(もちろん、そうではないケースもあると思われますが。)

 

他方、企業が対象とされるネット炎上は、このシャーデンフロイデは念頭から排除した方が良いでしょう。 

  

企業のネット炎上ではどうなのか 

そもそも、企業体というのは、生身の人格を持ちません。

例えば、一流大企業の名物経営者がハレンチ罪で逮捕された、などということが発生すれば「芸能人・有名人」を叩くのと同じ心理が発生しやすい状況となりますが、それが「企業ぐるみでその経営者のハレンチ行為をバックアップしていた」などということでもなければ「企業」そのものを叩くということにはならないでしょう。

 

シャーデンフロイデは「妬み」という感情と密接な関係があるのですが、人は「企業」という顔の見えない存在に対して強い「妬み」を持つほどの執着はできないものです。(日本最大手の広告代理店のように、巷間においてある種の人格化がされているようなケースも例外的に存在しますが。)

 

企業が対象とされる場合、特定の個人が逆恨みをするなどしてメチャクチャないいがかりをつけたり、嘘の告発をするなどしても、それを見た他のネットユーザーの共感や賛同を得られず、「炎上」どころか「拡散」にも至らず、ともすれば、いいがかりや嘘の告発をした人が逆に他のネットユーザーからの非難を浴びて沈黙せざるを得ない状態になるなど、ネット内での自浄効果が働くことも多いです。

 

つまり、ネットの声(特に批判的な声)は玉石混淆ではあるものの、それが拡散しネット炎上に至るようなケースでは、「特殊な一部の人たちによる極端な意見の暴走」などとタカをくくってはいけないと考えるべきでしょう。

 

 

 

 

参考文献:

 

中野信子『シャーデンフロイデ

 

田中辰雄、山口真一『ネット炎上の研究

 

山口真一『炎上とクチコミの経済学

 

なぜ「リスクヘッジ」ではなく「リスクマネジメント」が必要なのか

企業にとって、すでにソーシャルメディアは無視できない存在になっています。

多くの企業がソーシャルメディアの公式アカウントを開設し、広報やマーケティングに活かしています。

 

他方、ソーシャルメディアで広まるネガティブな評判や、さらにそれが大きなうねりとなって企業にダメージを与えるネット炎上などは、企業にとってリスクとなります。

 

リスクがあれば、それを避けたいと考えるのが組織の心理です。

が、リスクは「避ける」ことを第一優先とするのが最良の選択なのでしょうか。

 

たとえば、ソーシャルメディアの公式アカウントの発言が原因となってネット炎上に至るケースが度々発生しますが、そのリスクをゼロにしたいならば、公式アカウントを開設しないのが一番確実です。公式アカウントを開設している限り、リスクはゼロにはできません。

ですが、リスクをゼロにすることを優先して、公式アカウントを運用することから得られるメリットもゼロにしてしまうのが正しい経営判断と言えるのでしょうか。

 

リスクをゼロにしようとすると、前向きな施策の手足を必要以上に縛ってしまうことになってしまいます。

本来は、リスクの程度(トラブルが発生する可能性や、実際に発生した場合の深刻さ)などを評価し、許容可能なレベルまでそのリスクを低減させるなどして、前向きな経営施策の障壁とならないように対処することが重要です。

 

このような意味で、リスクに対してまず行うべきはリスク評価であり、その上で必要であれば「ヘッジ」を行う、という姿勢が必要です。

この一連の取り組みがリスクマネジメントです。

つまり、リスクヘッジは、リスクマネジメントの中のごく一部なので、ヘッジすることばかりに気をとられると部分最適に陥ってしまいます。

 

というわけで、本ブログでは、「リスクヘッジ」はあくまで手段の1つであって、最も重要なのは「リスクマネジメント」であるという前提でお話をしていきます。