ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

下ネタは、下ネタだから炎上するのか

普段、広告関係者(広告代理店の方々や企業の宣伝・広告担当の方々)とお話をしている中での印象として、炎上狙いのプロモーションでもない限り「下ネタ」はプロモーションにおいてタブーである、ということが共通認識になりつつあるように感じます。

 

今回は、そんな「下ネタ」は、下ネタ”だから”炎上するのか、ということについてお話していきたいと思います。

 

「下ネタ」とは

「下ネタ」とひとくちに言っても、人によってイメージする範囲が異なるかもしれません。なにしろ「下ネタ」の「下」は「下品」の意味も含んでいると広義には解釈されるので、範囲を広げようとすればどこまでも広がっていきます。

通常は「下ネタ」といって想起される範囲は「排泄」と「性」ではないかと思いますが、「排泄」を積極的にプロモーションに利用することもないと思いますので、本稿では主に「性」に関する話題、砕けた表現をすれば「エロネタ」に焦点を絞りたいと思います。

 

下ネタ”だから”ダメなのか

近年のネット炎上史を考えた場合、「下ネタ」を理由に炎上に至ったプロモーションとして、鹿児島県志布志市PR動画「少女U宮城県観光PR動画「涼・宮城の夏」がまず挙げられるでしょう。

いずれも、露骨な性描写があったわけでなく、性描写を連想させるような描写があったことが問題視されました。

 

直近では、熊本県の女子ハンドボール世界選手権の宣伝バナー(のぼり)が、「手クニシャン」「ハードプレイ」など、わざわざ性的なイメージを想起させる言葉を用いて炎上しました。

女子ハンド世界選手権の宣伝バナー、エロ表現使用で撤去。「手クニシャン」「ハードプレイ」が炎上 | ハフポスト

 

この炎上については、「こんな程度のことで目くじら立てなくても・・・」という論調も多く見受けられましたが、実際に批判をする人がいて、しかもその批判に一定の説得力がある以上、広告・宣伝としてはその批判を理解した上でクリエイティブを検討していかなければなりません。

(批判されること自体がNGなのではないことは、以前の記事にも書いた通りですが。)

 

志布志市、宮城県、女子ハンドボール世界選手権、いずれの場合も「性描写を連想させるような描写」が問題視されたわけです。他にも、ここではいちいち挙げませんが、これを理由として炎上したプロモーションはいくつもあります。

こういった事例を見ると、もはや「性」自体がタブーなのではないか、という印象すら生じるのも無理のないことでしょう。

 

ですが、これの反証となるような事例も存在します。

 

「下ネタ」でも、炎上しないケースもある

日本が誇る高性能コンドームのメーカーで、オカモトという企業があります。

そのオカモトが2017年に、コンドーム使用に関する啓蒙動画を公開しました。

無駄にハイテンション 某ブートキャンプ風にコンドーム装着方法を教える動画が暑苦しい - ねとらぼ

 

6分近くに及ぶ動画の中でひたすら訴求されているのは、コンドームの正しい付け方です。

しかも、途中には軽いお色気ネタを挟みながら、ハイテンションで駆け抜けていきます。

 

多くの広告関係者は、おそらくこのご時世にここまで真っ向から「下ネタ」を扱うことは躊躇いを感じるのではないでしょうか。

コンドーム利用の啓蒙動画を作るとしたら、もっと無難な、教材のようなテンションのクリエイティブに気持ちが傾いてしまう可能性も大きいのではないでしょうか。

 

ですが、事実として、このプロモーションは炎上していません。

動画の再生回数を考えれば、「そもそも誰の目にも触れなかったから炎上しなかった」ということでもなさそうです。つまり、炎上するような動画であれば、とっくに炎上したであろう程度には認知があったはずです。

 

では、なぜ炎上しなかったのか。

日経ウーマンオンラインで、当時、このような考察記事が掲載されました。

コンドーム啓発CMに学ぶ 猛烈炎上しそうでしない鍵 (1/4):日経doors

 

この記事の大意としては「細かいところに配慮しながら、ハイテンションでやりきったから」というような考察がなされていますが、非常に重要な点についてあまり言及されていません。

 

それは「必然性の有無」です。

 

高評価だったケースとして

もう一つ、エロを想起しやすい企画ながらも、炎上どころか高評価を得たプロモーション企画について見ていきたいと思います。

 

2018年に「山田孝之があなたのバストを測定します」という、ワコールによるプロモーションイベントがありました。

山田孝之にバストサイズを測定してもらえる企画が大反響 うっかり胸を触ってしまう可能性も - ねとらぼ

 

イベント告知時点でのネットの反応は「おいおい、大丈夫か」という様子見のスタンスでしたが、イベント当日の様子などが報じられると、炎上どころか喝采を以って迎えられる結果となりました。

このような評価を得るために、イベント当日の主催者側からのTwitterでの発信内容は、エロの要素を打ち消し、いかに面白い雰囲気にするかということに心を砕いている様子が見て取れました。

 

しかしこれも、「面白さがエロさに勝った」という捉え方で語ってしまうと、事の本質を見誤ってしまいます。

このプロモーション企画においても炎上しなかった理由の最もベースとなる条件は「必然性の有無」だったと考えるべきです。

 

「必然性」とは

面白さが突き抜けていれば下ネタでも大丈夫、などという解釈をしてしまうと、

「では、志布志市や宮城県は面白くなかったからいけなかったのか。もっとぶっ飛んでいれば炎上しなかったのか」

という話になってしまいます。これは、完全に本質を見誤った議論です。

 

最もベースとして必要なのは「必然性」です。必然性無くして、どのような要素(面白さやテンションの高さやシュールさなどなど)を乗せようと、無駄です。

 

では、必然性とは何なのでしょうか。

 

オカモトのコンドームは、宣伝すべきものがコンドームです。コンドームは性行為に用いる道具ですから、性行為そのものを否定するような文脈では成り立ち得ません。その時点ですでに「性」について語る「必然性」が存在するのです。

もちろん、必然性だけで炎上しない条件が充足するわけではありません。

例えば、コンドームをたくさん売るために「みんなもっとセックスをしましょう!」などというメッセージを発信したら、おそらく大炎上していたと思います。コンドームの会社がコンドームの正しい利用方法について啓蒙する、という、「性」の必然性と正しいメッセージを兼ね揃えて初めて、受け入れられる最低限の素地が出来上がります。

 

また、「山田孝之があなたのバストを測定します」については、大前提として、下着メーカーが正しいサイズの測り方を啓蒙するという必然性と、メッセージの正しさがあります。それを誰が行うのか、どのように行うのか、をエッセンスとして加えるにあたり、山田孝之さんという超然としたキャラクターが「エロ」を笑いに昇華させる上で大いに役立ったと考えますが、あくまでベースにあるのは必然性と正しいメッセージです。

 

他方、志布志市や宮城県や女子ハンドボール世界選手権では、このような「必然性」や「メッセージの正しさ」は存在したでしょうか。

そうです、ハッキリと皆無です。

 

この手の問題は、議論がジェンダーの問題に置き換えられがちですが、前の記事でも触れとおり、それでは却って本質が見えなくなりがちです。

「必然性」と「メッセージの正しさ」を含まない面白さは、単なる悪ふざけに堕する可能性が高いことを理解する必要があるでしょう。

 

タブー視することの問題点

少し話は変わりますが、「性」に関することを論じた流れで、いたずらにタブー視することに対する疑問が呈されていることについても触れておきたいと思います。

 

生理用品のCMでは、製品の吸収力を示すための映像において、赤い液体ではなく青い液体を使用するのが常です。

これに対して、「経血をタブー視するのはおかしいのではないか」という考えから、イギリスの生理用品メーカーがCMにおいて赤い液体を用い、話題になったことがあります。

生理の血は青くない──業界のタブーを破った英CMの過激度 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

これについては賛否両論がありました。

「生理は恥ずかしいことじゃない!」イギリスの生理用品CMが革新的だと話題に – grape [グレイプ]

生理用品のコマーシャルで使われる月経血は「ブルー」のままでよい - wezzy|ウェジー

 

どちらの意見が正しいか、ということではありません。現時点ではどちらも正しいと考えるのが妥当です。

ただ、プロモーションの企画・制作に携わる方は、このような問題提起がなされ、議論が交わされているということを理解しておく必要があります。

それらを理解した上でタブーに挑戦することと、無自覚にナイーブに素朴にタブーに触れてしまうこととでは、批判に対する事前の想定力が大きく異なります。

(批判に対する事前の想定がなぜ大切なのかはこちらの記事をご参照ください。)

 

この「想定力」の違いが、「炎上」に終わるのか、建設的な「論議」になるのかの違いを生むと言っても過言ではありません。

「炎上」はただの逆プロモーションでしかありませんが、建設的な「論議」を起こせれば、企業としての評価が高められる可能性は十分にあるのです。

 

ステレオタイプという罠

企業がプロモーションやマーケティングを行う場合、年齢、性別、職業、収入、居住地、家族構成などなど、様々な属性で区切って消費者のペルソナを設定します。

その上で、商品企画におけるマーケティングリサーチであれば、ペルソナに合致する人に対して各種調査を行うでしょうし、広告を作るのであれば、ペルソナが共感するであろう(そして、購買意欲を掻き立てられるであろう)内容や表現にするでしょうし、テレビCMを流すのであれば、ペルソナが視聴するであろう時間帯や番組を選んで放映するでしょう。

 

この「ペルソナ」は、企業側として「きっとこういう層が一定数いるはずだ」という前提に基づいて作られます。その根拠となるのは、統計調査であったり、マーケッターの生活者観察の結果の定性的な気付きであったり、様々です。

 

今回はこの「ペルソナ」が、あまり良くない意味での「ステレオタイプ」を生んでいるのではないか、というお話をしたいと思います。

 

「ステレオタイプ」とは

人は日常生活を営む際に、目についた物事1つ1つに対していちいち熟慮するなどということはしません。そんなことをしていたら、何もできないままに1日が終わってしまうからです。

そこで、我々人間が情報をどう処理するかといえば、物事を大雑把な枠にハメて単純化しているわけです。

たとえば、渋谷のスクランブル交差点で大量の人が歩いているのを、1人1人個別に認識するということはせず、「人間がたくさんいる」という概念に単純化して情報処理をします。

常に大量の情報に接している現代人は、この「単純化」によって脳の負担を軽減しているとも言えるでしょう。

 

ですが、この「単純化」は、時に厄介な齟齬を生みます。

その1つが、「ステレオタイプ」という、思い込みによるレッテル貼りです。

 

ステレオタイプについては、以下のリンク先のスライドが非常にシンプルで分かりやすいので、ご覧いただいてからこの先の文章をお読みいただくと良いと思います。

 

心理学ミュージアム 人に対する思い込み(~ステレオタイプと光と影~)

 

ステレオタイプという単純化された思考で反射的に物事を判断するのは、脳の労力が軽くて済むので非常に便利です。このような情報処理の仕方は、おそらく進化の過程で手に入れた適応の一種なのではないかとも思います。

ただ、この「ステレオタイプ」というのは、十分な根拠もなく物事を十把一絡げにまとめてしまうことでもあるので、時に間違った判断を誘発します。先に挙げた「人に対する思い込み(~ステレオタイプと光と影~)」には、そのような間違った判断についての分かりやすい例が挙げられています。

このように、ステレオタイプを前提とした思考には、労力を軽減するメリットがある一方で、本来その枠にハマらない人まで枠にハメてしまうという間違った判断をしてしまうデメリットも存在します。

 

とはいえ、ステレオタイプによる誤った判断・思考を確実に回避するというのは、非常に難しいことでもあります。

なにしろ、ステレオタイプで思考しているときは、当人はそれをステレオタイプだと気付いていないからです。だからこその「思い込み」なわけです。

 

まさにこのようなステレオタイプの罠にハマってしまったのが、先日のトヨタのプロモーションでしょう。

トヨタ、女性に「やっぱり、運転苦手ですか?」→批判殺到でTwitter削除・謝罪 (BuzzFeed)

 

あくまで想像の域を出ませんが、トヨタ側としては、自動車運転に苦手意識のある人をサポートするような機能や装備が豊富にあるということを訴求していきたかったのではないかと思うのですが、その「自動車運転に苦手意識のある人」をペルソナとして具体化した時に「女性ドライバー」と短絡してしまったのではないでしょうか。(あくまで私の想像です。)

ペルソナは顧客像を単純化したものなので、どうしてもステレオタイプに直結してしまう可能性をはらんでいます。

ペルソナ設定はマーケティング活動において無くてはならないものではありますが、プロモーションをする際にはそれにばかりとらわれて、ステレオタイプの罠に陥らないように気をつけなければなりません。

 

なお、本件はどうしてもジェンダーの問題として話題に挙げられる傾向がありますが、それは問題を矮小化したり、認知を歪めたりする恐れがあると私は考えます。ステレオタイプの罠は、ジェンダーの問題だけでなく、人種、国籍、年齢、職業というような属性、さらには、「運動が得意・不得意」とか「性格が明るい・暗い」などの傾向や性格においても同様に生じる問題だからです。

このため本稿では、ジェンダーという観点からは本件の問題を論じることをしません。

 

「ステレオタイプ」の罠を回避するためには

ステレオタイプの何が問題なのかを端的に言うと、

「そうでない人もたくさんいるのに、十把一絡げに枠にハメる」

ということが認知を歪ませ、場合によって差別を生む温床になるからです。

ちょっと考えれば「そうでない人もたくさんいる」ということに気付けるはずなのですが、反射的に思考を単純化することで、そのことに気付けなくなってしまうことがあります。これが「ステレオタイプの罠」に陥ってしまうことの本質なわけです。

では、これを避けるためにはどうすれば良いのか。「思い込み」を「思い込み」であると気付けるようになるためには、どうしたら良いのか。

 

解決法の1つとして、「定義と統計的事実とエセ統計的事実と主張を区別する」という方法があります。

 

「定義」とは、例外なく全てそれに当てはまるものです。

たとえば、「惑星とは何か」と言えば、非常に面倒な定義があり、この定義にハマらない冥王星は惑星ではないとされるわけです。(私の世代は子供の頃、冥王星は惑星だと教えられてきましたが、2006年に惑星ではなくなりました。)

質問5-8)惑星の定義とは? | 国立天文台(NAOJ)

 

次に「統計的事実」ですが、これは「定義」とは異なり、傾向を示すものであるため、個々の状態を一概には言えません。

たとえば、ある学校の数学の平均点が、男子の平均点が女子の平均点より3点高かった、というような場合、「すべての男子がすべての女子より得点が3点高い」ということを表すわけではありません。女子にも高得点は居る可能性もありますし、男子にも得点の低い者が居る可能性もあります。つまり、個々の点数が、必ず女子より男子の方が高いということではありません。

 

少し脱線しますが、実は人間の脳は、定義と統計的事実を区別するのが苦手です。

このため、「男子の平均点の方が女子より3点高い」という話をした場合に、「それはおかしい!男子よりも得点の高い女子もいっぱいいるのに!」という批判が寄せられたりします。もちろん、もし誰かが「男子が常に女子より点数が高い」と定義をしたのであれば、この批判は妥当します。が、統計に対する批判としては妥当しません。

プロモーションを企画・制作する場合は、人間の脳はそういう誤解をしやすいものなのだということを前提として企画・制作することが重要だろうと思います。

 

次に「エセ統計的事実」です。「印象論」という言葉に置き換えても良いかもしれません。

これは、実際に統計調査を行ったり、統計調査結果を批判的に検証したりした成果としての「事実」ではなく、自分の経験の範囲で見聞きしたことの中で印象に残っていることを選択的に「類型化」しているだけ、というものです。

たとえば、「血液型がA型の人は几帳面」というような血液型占いなどはこれに当てはまるでしょう。

また、「昔はそれで正解だったけれど、今は状況が変わっている」という場合も、これと同等と考えるのが良いでしょう。

たとえば、中央省庁がよく用いる「日本の平均的な家族」という概念では、「夫と妻と2人の子供。妻は専業主婦」という家族構成を想定しているケースが多いのですが、バブル期以前の日本ならいざ知らず、このような家族構成は逆にマイノリティとなりつつあるわけで、現状を反映しない「統計的事実」は、もはや「エセ」と言っても言い過ぎではないでしょう。

 

最後に「主張」。

これはもはや、どのような意味においても「事実」ではなく、発言者が「こうであるべきだ」「こうであるはずだ」と思っているだけのことを、あたかも自明の理であるかのように発言するケースが当てはまります。

政治家の失言などでは、このケースが度々見受けられます。

 

この4つは、それぞれ明確に異なるのですが、人間の脳はこれを直感的に区別することを不得意とします。この区別がゴチャゴチャになった結果として、ステレオタイプが横行することになるわけです。

逆に言えば、上記4つの区別をつけることを意識していれば、「ステレオタイプの罠」にハマることをかなりの割合で回避できます。(100%ではないのは、人間という生物の限界です。当然、私も無理です。)

 

前述したトヨタのプロモーションは、「統計的事実」と「エセ統計的事実」の両方の可能性があります。ただし、問題になったツイートだけでは統計的事実について全く触れられていないので、主に「エセ統計的事実」であるという印象を見る者に与えます。このため、ステレオタイプに当てはめた女性差別だ、というような批判を招くわけです。

 

では、例えば、女性が男性に比べて車の運転に苦手意識を持っているというような何らかの「統計的事実」を挙げて、「女性のみなさん、やっぱり苦手ですか」と問いかけたとしたらどうでしょう? 

少なくとも、今回のような批判のされ方は避けられたのではないかと思いますが、では、「統計的事実」があるのに何故わざわざTwitterでアンケートを取るのか、というツッコミを受けそうです。それが致命的な問題かどうかは判断の分かれるところと思いますが、特別な意図が無いのであれば、わざわざ消費者を逆撫でするようなことは避けた方が良いのではないかと思います。

 

もちろん、意図を明示した上であれば、一般の理解を得られやすいとは思います。

たとえば、

「国土交通省の調査結果でこんな結果が出てましたが、トヨタのアカウントをフォローしてくれている人たちに限定した場合にはどうなのか、皆さん興味ありませんか? アンケートにご協力ください。」

とか。

ただ、そこまでしてこのアンケートを取るべきなのかは別な議論が必要でしょう。

 

 

以上、今回はトヨタのプロモーションのみを「ステレオタイプの罠」の具体事例として取り上げましたが、ここ2~3年の間に炎上しているプロモーション案件のかなりの割合が「ステレオタイプの罠」で説明可能なので、広告・宣伝に携わる皆様には是非ご注意いただければと思います。

 

余談

トヨタの謝罪コメントにおいて

「女性の運転技量が男性よりも劣るかのような不適切な表現がございました。」

と、具体的に問題点に言及している点は高い評価を受けるべきと考えます。問題に正しく向き合っているという姿勢が明確に伝わってきますので、他の企業も見習うべきでしょう。

 

余談その2

先に述べたとおり、本稿ではジェンダーの観点をあえて外しました。

が、広告におけるジェンダーに関するステレオタイプ問題は、一昨年の時点でこんな動きもあったので、念頭に置いておくのが良いでしょう。

広告におけるジェンダーに基づくステレオタイプを無くしていく共同イニシアチブ:アンステレオタイプ・アライアンス | UN Women – 日本事務所

 

 

参考記事:

ネットに溢れる「ステレオタイプ」と「バイアス」ここが違います(水越 伸) | 現代新書 | 講談社(1/4)

レピュテーションリスクには、ランクがある

本ブログは、企業にとってのソーシャルメディアにおけるリスクについて掘り下げて考察することをテーマにしています。

このため、企業のネット炎上も重要な話題の1つなのですが、ひとくちに企業のネット炎上と言っても原因はいろいろあります。

今回は、理由によっての炎上の深刻さ(重篤さ)の違いについてお話していきたいと思います。

 

ネット炎上の深刻さには、パターンによって異なる

ネット炎上の対象になることは、ほとんどの企業が恐れています。(恐れていないのは、「炎上上等」と煽っていくスタイルのごく一部の企業だけでしょう。)

ですが、闇雲にネット炎上を恐れても仕方ありません。なぜなら、ネット炎上というのは問題の原因そのものではなく、企業が抱える問題の表出の仕方の一つに過ぎないからです。つまり、企業はネット炎上そのものを恐るのではなく、ネット炎上の原因となっている、企業が抱える問題そのものの方を恐るべきですし、積極的に対処・改善すべきです。

 

その上で、正しくネット炎上を恐れるためには、その原因となっている問題の質や種類による重篤さの差を理解しなくてはなりません。

 

よくあるネット炎上のパターンをこの「重篤さ」の軽い方から挙げると、

 

ランク1:企業の商品の瑕疵

ランク2:プロモーションや公式アカウントでの表現の問題

ランク3:企業の姿勢や体質の問題

ランク4:企業の事業やビジネスモデルそのものの問題

 

と、おおざっぱに4つのランクに分けることができます。

これは、分かりやすく「ネット炎上」という観点から論じていますが、これはそのままレピュテーションリスクという言葉に置き換えても良いでしょう。

 

以下でそれぞれのパターンの概要について説明していきます。

 

 ランク1. 企業の商品の瑕疵

食品メーカーで言えば異物混入、家電メーカーで言えば不良品のようなケースを想定しています。

こういった、商品に瑕疵が発生することを良しとする企業はまず無いでしょう。

 

企業側の対応としては、瑕疵があれば、それが個別のケースであったのか、それとも生産ライン全部の問題であったのかの切り分けをおこなった上で、商品の返品交換に応じたり、自主回収やリコールを行ったりします。

その際、もし自主回収やリコールといった事態に発展したら、企業の経済的損失は莫大なものになります。

ですが、商品の瑕疵だけを原因とするネット炎上というのは、ほぼ発生しません。もちろん、瑕疵があった旨の情報は拡散するかもしれませんし、中には面白がって揶揄するようなことをネットに書き込む人もいるでしょうけれど、商品の瑕疵に目くじらを立てるのはその商品を購入した人だけです。このため、レピュテーションという観点から言えば、禍根を残すことは比較的軽度です。

むしろ、企業が誠意ある対応を行えば、逆に信頼感が上がるので、レピュテーションの向上に寄与する場合すらあります。

 

しかしながら、商品の瑕疵に対する企業の対応に無礼や欺瞞があれば、問題は「商品の瑕疵」に止まらず、一気にランク3の「企業の姿勢や体質の問題」に重篤さが跳ね上がります。

 

たとえば、リコールなどは、瑕疵発覚後迅速に対応すれば炎上することはありませんが、リコール隠しなどをおこなって2年後に発覚などすれば、完全に「会社の姿勢や体質の問題」を原因として炎上し、そのブランドイメージに対するダメージは長らく尾を引きます。

 

ランク2.プロモーションや公式アカウントでの表現の問題

企業のプロモーションが炎上するパターンとして、炎上マーケティング狙いでもなく、誰かを揶揄する意図もなく、単に面白いプロモーションや、顧客の痛みに寄り添うようなメッセージを志して裏目に出るというパターンが度々あります。(本ブログでも度々取り上げています。)

このようなケースはあくまで表現の問題ですので、表現が至らなかったことを反省し謝罪すれば、問題が大きくなることはありません。

もちろん、プロモーション自体を取りやめるなどした場合、せっかく投下した費用が無駄になるので、企業にとっても無痛ということではないと思います。が、謝罪後もダメージを引きずる、ということを過剰に恐れる必要はありません。

 

ただし、「謝ればいいんでしょ?」というような開き直りや、そもそも炎上マーケティング狙いであることが透けて見えるような企画の場合、「表現」の問題ではなくなってしまい、レピュテーションリスクはランク3の「企業の姿勢や体質の問題」にランクアップすることになります。

 

ランク3.企業の姿勢や体質の問題

人間に例えると、仕事などでミスをしてしまった場合に、個別のミスについて怒られたり叱られたりしている段階が、前述したランク1とランク2です。これに対して、全人格的に「おかしいんじゃないか」と言われてしまう段階がランク3です。

 

個別のミスの話に止まっているうちは、「次から注意しろ」で終わるのですが、そもそも人格的に「次も同じことをするだろう」とみなされると、根本的な信頼を失ってしまいます。

レピュテーションにおいて、「次は同じ失敗をしないだろう」と思ってもらえるのと、「どうせ次も同じ失敗するんだろ?」と思われてしまうのとでは、大きな隔たりがあります。

この「人格」に当たる部分が、企業でいえば会社組織としての「姿勢」や「体質」ということになります。

 

「結局こういう会社だから、信頼できないよね」というレピュテーションは、企業が商売を続けていく上で最も避けなくてはならないものですが、そのような負のレピュテーションを生んでしまった原因が、何か事が起こった際の企業としての対応の不誠実さであったり、隠蔽や欺瞞などであったりした場合、それを挽回するような画期的な何かが起こらない限りは、その不信感が続きます。場合によっては不買運動にまで発展するケースが発生するのも、この「ランク3」からです。

 

なお、これは、ソーシャルメディア時代特有のことではなく、20世紀から同様の構造は存在しました。たとえば、かつての雪印乳業製品による集団食中毒事件などはその典型でしょう。

当時と現在で異なるのは、そのレピュテーションを広める担い手が、20世紀にはマスコミだけだったのが、今はソーシャルメディアも大きく寄与するようになった、という点だけです。

 

ランク4.企業の事業やビジネスモデルそのものの問題

ランク4の「企業や事業のビジネスモデルそのものの問題」は、ランク3の「企業の姿勢や体質の問題」に包含されると考えることもできます。それをわざわざ「ランク4」と一段高い扱いにしたのには理由があります。

「姿勢」や「体質」といった場合、漠然としているケースもあるため、非難する側の矛先も鈍るケースがあります。

しかしながら、それが、特定の事業やビジネスモデルといった具体性を帯びた場合、非難の内容もまた具体性を帯び、力を持つことになります。しかも、その事業やビジネスモデルがそのまま続けられる限り、非難が止むことはありません。つまり、事業やビジネスモデルの修正や転換が強く求められる事態となります。これが、ランク3とランク4の大きく異なるところです。

 

ランク4の典型として、PCデポのケースが挙げられるでしょう。

 

2016年に、PCデポ店頭での顧客との契約の仕方を問題視する告発がTwitterに投稿され、それを人気ライターが拡散することで広く知られるところとなりました。

PCデポ 高額解除料問題 大炎上の経緯とその背景(ヨッピー) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

この後も同様の告発投稿がソーシャルメディア上に多数アップされ、既存顧客の解約が増加するなどの直接的な影響が出ました。

PCデポ、4日遅れで決算発表 解約問題尾を引く :日本経済新聞

 

この影響で、販売促進活動の自粛や店舗の新規出店や改装の延期などが発生し、20173月期、20183月期と2期続けての経営不振が続くなど、経営に大きな影を落としました。

2018年3月期 決算説明 株式会社ピーシーデポコーポレーション

20193月期は、第三四半期までの決算を見る限り、ゆるやかな回復傾向にあるようです。)

 

このように、事業やビジネスモデルそのものが問題視されると、その事業やビジネスモデルそのものを修正・転換しない限り謝罪に説得力も生じないため、立ち直りに時間がかかってしまいます。また、修正・転換をしてもそれがビジネスとして上手くいく保証もありません。

こうなると、非常に苦しい経営環境の中で戦わなければならなくなりますし、企業の体力が無ければ倒産や廃業といった可能性も無視できません。

 

謝罪から納得感までのリードタイムの問題として

ここまで、レピュテーションに関するリスクの重篤さを4つのランクに分けて説明してきましたが、この「重篤さ」とは、結局、謝罪をしてから世間が納得するまでのリードタイムの問題であるとも言えます。

 

ランク1と2については、「次から気をつけます」と企業が迅速に対応すれば、受け手も「それなら次から気をつけてね」で終わる話です。

ランク3は、「次から気をつけます」と発表しても、「前にも同じことやってたじゃん」とか、「そんな態度で本当に改善できるの?」などといった疑いの眼差しを向けられるわけですから、納得感を得られるまで時間がかかる可能性が生じます。

ランク4に至っては、「次から気をつけます」と発表したところで、問題になった事業をそのまま続けている限り「全然反省してないじゃん!」という総ツッコミを受けることになりますので、いったん事業を止めなければならず、経営は相当苦しいことになります。

 

私の個人的な思いとしては、明るみに出た時に消費者からの納得感が得られないようなことは慎むべきだと考えています。

それは、正義や倫理の問題でもありますが、それ以上にソーシャルメディア時代においては、企業があまり明るみに出して欲しくないことでも(むしろ、出して欲しくないことだからこそ)、隠し続けることは不可能だからです。

ソーシャルメディアでは、不正や欺瞞に対しては必ず誰かが声を上げます。企業は、声を上げられて困るようなことをするべきではないというのが、経済合理性の観点からも妥当する時代になったと考えるべきでしょう。

 

 

【ソーシャルリスクマネジメント体制を作れ!】その4 従業員の不満に着目せよ

「ソーシャルリスクマネジメント体制を作れ!」も第4回となりました。

 

前回は、顧客の声に耳を傾けて事業を改善する、ということを述べましたが、今回は、ソーシャルメディア上での「従業員の声」に耳を傾けるということをお話ししたいと思います。

 

なお、本稿は、本社の他に全国(ないしは、世界)に支社や支店、営業所、工場など、複数の地方拠点が存在するような企業を想定して書いています。

また、主に内部統制関連の課題にフォーカスした内容です。

 

内部統制上の問題に向き合う

昨今はブラック企業に対する強い忌避感から、パワハラ、セクハラ、サービス残業などの風評が立つと、企業として大きなダメージを負うことになりますし、場合によっては労基署による指導や従業員による訴訟に発展する可能性もあります。

そのような社会背景を踏まえ、多くの企業が内部統制の強化を試み、従業員の労働管理(残業時間の超過が発生していないか、残業申請をせずに残業していないか、パワハラやセクハラなどのハラスメント問題は発生していないか、等々)に苦心していることと思います。

 

また、ガバナンスの問題は労働問題だけではありません。

内部情報の流出、内部告発といった、労働問題だけでないリスクも存在します。

 

企業の経営陣や管理部門においては、これら労働問題や内部告発などが自社に存在しているか否か以前に、反射的に「仮に存在していたとしても表に出ないようにしたい」という意識が先立つでしょう。

しかしながら、それは無理なことです。なぜなら、もしそれが存在するなら、ソーシャルメディア時代においては隠しようが無いからです。(ソーシャルメディア時代のリスクマネジメントは、このリアリズムを受け入れるところから始まります。)

 

たとえば、従業員にソーシャルメディアの利用を禁止しようとしても、それを徹底する方法はありませんし、そもそもプライベートにおいてソーシャルメディアの利用を制限することは労使契約の妥当性を欠くことになるでしょう。

また、会社に関連することに限定してソーシャルメディアで発信しないよう就業規定を設けたとしても、それが徹底される保証は全くありません。仮に、Twitter上で自社の従業員であることが疑われる投稿を発見しても、その投稿をした実際の従業員個人を特定することができるかは簡単ではありません。(プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求が認められなければ、過去の投稿内容をたどって手がかりを掴むしかありません。)

 

このような点を考慮した場合、「発信するな」という教育をするよりも、そもそもガバナンス上のリスクになるような状態(パワハラ、セクハラ、サービス残業、過重労働などなど)が発生しないように管理し、問題の根本解決をすることが先決ではないでしょうか。

 

本社から離れている拠点でのガバナンスを如何にせん

これらの問題の根本解決、つまり、ガバナンスの行き渡った状態を実現しようとした場合、ガバナンス担当者の直接目の届く範囲であれば比較的容易です。が、遠方にある支社や営業所、工場などでそれが徹底されるようにするにはどうしたら良いか、心配のタネは尽きません。

場合によっては、目が届かないのをいいことに、ガバナンスを軽視した状態が日常化している支店があるかもしれません。そのような場合には、実態を内部監査で発見することも意外に難しいものです。

 

では、どうすれば良いのか。

 

例えば、匿名で発信できるインターネットサービス(主にネット掲示板)で、自社に関してどのような話題が書かれているのかを調査しましょう。

その結果として、虚実ないまぜの噂や暴露話などが見つかる場合があります。社内の人間が書いているとしか思えないような内容も見つかることがあるでしょう。それらの投稿自体をどう処置するのか(放置するのか、削除依頼を出すのか)などは弁護士にご相談いただくのが良いと思いますが、それと併行して、その情報をインプットとして活用するということも視野に入れてみてはいかがでしょうか。

 

もちろん、匿名掲示板の投稿などは虚偽も多く、そのまま鵜呑みにはできません。

ですが、あまりに特定の支店についての不満や告発が多いようであれば、その支店において何らかの問題が生じている可能性も捨て切れません。(もちろん、火のないところに煙を立てるヤカラも居ますので、くれぐれも鵜呑みにしないことが重要です。)

 

実は以前、ある食品メーカーの商品の異物混入問題によってネット炎上が発生した際、そのメーカーの工場がいかに不衛生であるかの暴露話が、炎上が発生する半年前に匿名掲示板で書き込まれていたことが発覚して話題になったことがあります。

その書き込みが真実に基づくものであったか、それともデマだったのがたまたま実態に符合したものであるのか、確認のしようは有りません。ただ、このように、社内に問題があれば匿名掲示板に書き込まれるということは発生しがちなことです。

 

匿名掲示板で自社に関する暴露話を発見した場合、これを

「誰が書き込んだんだ、けしからん!」

と犯人探しをする前に、それを機に、暴露されてしまうような宜しくない実態を改善するということに労力を向けるのが内部統制上も事業上も有意義ではないでしょうか。

 

調査の結果、その書き込みが完全にデマであることが判明した場合には、投稿者を炙り出して毅然とした態度で臨むことも重要です。(具体的にどのように「毅然と」するのかについては、ネットトラブルに強い弁護士にご相談いただくのが良いと思います。)

 

 

 

さて、今回までは、リスクマネジメントに資する情報をソーシャルメディアから収集する際の着眼点について述べてきました。

次回からは、ソーシャルメディアから得た情報を、どのようにリスク評価すべきなのかについて述べていきたいと思います。

 

 

タニタカフェの公式発表に対する残念な誤解と、その原因について

経緯

体重計のメーカーとして有名なタニタの子会社が運営するタニタカフェ長岡店において開催されているイベントに関連し、トラブルが発生しました。

端的にまとめると、店舗スタッフがイベントグッズを不正に入手し、それをフリマサイトで転売していたことが発覚した、ということです。

 

そのイベントグッズとは、タニタカフェ長岡店にて行われている「ヒプノシスマイク×TANITA CAFE」で販売されている缶バッジでした。

この缶バッジは全部で16種類あり、カプセルトイのようにどれが購入できるかわからない状態で購入するという仕掛けで販売しており、その内の4種類は「シークレット」と呼ばれる、出現率の低い缶バッジだったそうです。

 

発覚のきっかけは、この出現率の低い4種類が全て、あるフリマサイトで1人の出品者によって販売されていたことです。

出現率の低い缶バッジを4種類全部1人で入手できている、ということから、「そんなに簡単に手に入れられないものを、おかしい。不正な手段で入手したのではないか。店舗スタッフによる横流しではないか。」と、フリマサイトユーザーの憶測を呼び、話題に上がりました。

 

これを受けて運営者であるタニタヘルスリンクは店舗スタッフに聞き取り調査などを行い、28日に不正は確認できなかった旨の発表をしました。

「ヒプマイ」グッズ“転売疑惑”でタニタ子会社が調査結果報告 「不正行為は確認できず」 - ねとらぼ

タニタヘルスリンクの公式発表(2019年2月8日)

 

その後、やはり店舗スタッフが不正に入手していたことが判明し、先の公式発表の6日後の214日に改めてその旨の発表を行いました。

タニタ子会社、販売スタッフの不正入手公表し謝罪 「ヒプノシスマイク×タニタカフェ」レア缶バッジ転売騒動 - ねとらぼ

タニタヘルスリンクの公式発表(214日)

 

ここでポイントとなるのは、28日の発表ではあくまで、確認した範囲では不正が見つからず、引き続き調査を進めていく、という途中経過報告でしかなかったにもかかわらず、報道を見たネットユーザーの中には「不正は無かった」という発表であると誤認する人が一定の割合で存在していたことです。

 

結果、28日のコメントを「不正は無かった」と理解してしまった人にとっては、その後の「不正を突き止めました」という発表について、「不正は無かったと言いましたが、やっぱり有りました」という内容に見えてしまい、タニタヘルスリンク側の発表が二転三転してしまっている(あるいは、いったん不正を隠蔽しようとした)ように感じてしまったのです。

(実際は、28日の発表は「今のところ確認できていないけれど、引き続き調査します」という中間報告であり、その後の発表は「ちゃんと突き止めました」の報告なのですが。)

 

せっかく、企業として真っ当な対応をしているのに、誤解から誠意を疑われるような状態になってしまったことは、非常に残念でなりません。

 

なぜこのような誤解が生じてしまったのか

このような誤解が生じてしまったのは、

 

  • ネットでは記事のタイトルに着目するばかりで、本文はよく読まない人が多い。(そういう人は、公式発表のコメントを直接確認することはしない。)
  • 「不正は確認できなかった」と「不正は無かった」の違いが分からない(読解できない)人が一定存在する。

という、2つの不幸な要因が重なった結果であろうと思います。

 

1つ目については、かなりの割合の人がインターネットで流れてくる大量の情報に対峙する際に、このように接しているのではないかと思います。そうでもしないと、情報に溺れてしまうからです。

逆に、情報を発信する側は、そのような読まれ方をするということを念頭に置いて発信しなければなりません。

 

2つ目については、簡単な文章の意味を理解することができない人がかなりの割合で存在することが、新井紀子さんの『AI vs 教科書が読めない子どもたち』や、橘玲さんの『もっと言ってはいけない』などでも詳らかにされているところです。

 

28日のタニタヘルスリンクによるコメントは、ビジネス文書としては非常に真っ当であり、これを上から下までしっかり読んだ上で、それを理解できる日本語力が有れば誤解を招くようなものではありません。が、この長さのビジネス文書を読解する力が無い人には、内容が届かないということでもあります。

 

今回のタニタヘルスリンクの態度は、企業として誠意ある姿勢であると思います。

にもかかわらず、事実に反して、一部のネットユーザーから「不正をいったん隠蔽しようとした」というような誤解をされてしまったことは、大変残念でなりません。

 

誤解を防ぐためには

このような誤解を防ぐためには、28日の発表をメディアで取り上げてもらう際に、これが調査途中であることを端的に伝えてもらえるようにコメントの書き方を工夫する他ありません。

(たとえば、コメントのタイトルや冒頭で、できる限り明確に「現在も調査中」の旨を記載するなど。)

 

真っ当な対応をしたにもかかわらず、誤解から信頼を失ってしまうのは、あまりにも残念です。

このような悲劇を生まないためにも、公式コメントはメディアがどのように取り上げるかも念頭に置いた上で作成する必要があるでしょう。

 

 

(余談)

AI vs 日本語を読めない子供たち』の著者である新井紀子さんのTwitterでの発言が元で賛否両論の議論の嵐が巻き起こった際、新井紀子さんとは全く無関係の小説家である新井素子さんに対して批判をする人が現れました。

https://twitter.com/motoken1989/status/1092387219212357632

これこそまさに、大量に流れてくるネットの情報を、人がどの程度の精度でインプットしているのかが分かる事例と言えましょう。

 

「炎上」と「論議」の違い

全部「炎上」でくくってしまっていいのか

「ネット炎上」とは、対象となる人や企業・団体による言動に対して、ネット上で多数の批判や非難、罵倒などが寄せられている状態のことを指します。

 

その際、その批判や非難、罵倒の陰にある、対象に対する肯定的な意見や、ネガティブな見解に対する反論についてはあまり考察されることなく、全部ひとくくりにして「炎上」という言葉で片付けられてしまいます。

ですが、それはかなり雑なくくり方ではないでしょうか。

 

例えば、批判の声が上がることを覚悟の上で企業がメッセージを発信する、ということは、場合によっては有ってしかるべきです。

そのような時に、賛否両論あったからと言ってそれを「炎上」の一言で片付けてしまって本当に良いのか。

 

その典型的な例が、2016年に公開されたポーラの人材募集広告動画です。

www.youtube.com

 

「この国は、女性にとって発展途上国」という刺激的なフレーズで、豪速球ストレートなメッセージを投げかける動画は賛否両論を巻き起こしました。

 

たった60秒の動画で伝えられるメッセージは、どうしても粗くなりがちです。その粗さが故に、様々な批判をするということも可能です。

この動画に対しても、

「男だってつらいんだ」

という的外れな批判から、

「そういうポーラ自身だって、役員や管理職に女性が少ないじゃないか」

という、この動画で訴えていることと論点をズラした批判まで、様々な批判が寄せられました。

他方、共感や賞賛の声もそれ以上に沸き起こっています。

このような状況を、考えの浅いおふざけPR動画が元で全面的に叩かれたようなケースと同様に「炎上」などと呼んでいいのでしょうか。

 

ポーラ宣伝部長(当時)の渡邉和子さんは、取材に対して当時を振り返って、以下のように述べています。

「それに対して、CMを引き下げるという考えはありませんでした」

「第1CMでポーラが発信したメッセージは、押し付けでも結論でもなく問いです。こういうことが起こっていますが、みなさんどう思われますか、と。それに対するコメントは、ポジティブ・ネガティブどちらも、みなさんが思われたことであり、 ご意見だと思っていましたから」

https://www.businessinsider.jp/post-100743

この場合、批判を受けることを想定していたわけです。この動画に対する批判の構造こそが、ポーラとして向き合うべき社会状況なのだという強い意志すらも垣間見得ます。

 

flaming」と「controversy

ポーラのこの動画への反応のように、批判と賞賛が盛り上がった状態のことを形容する言葉として、英語には「controversial」という言葉があります。「物議をかもす」とか「議論を引き起こす」というような意味です。これの名詞形が「controversy」で、「論議」などと訳すようです。

他方、全面的に叩かれているような場合にはこの言葉を用いず、「flaming」、まさに「炎上」という言葉を用いるようです。

 

上記のポーラのケースは「flaming」ではなく「controversy」と呼ぶべきものであり、状況が許すなら、多くの企業でも行う価値のある取り組みではないかと思います。

 

実際、海外ではちょっと前からそういった事例がポツポツと見られるようになってきました。

特に今年に入って大きな議論を呼んだのが、男性向けの髭剃り用カミソリを事業の一番の柱としているジレットが公開したCMでした。

ジレットのCMが問い掛ける新たな”男らしさ”、全米で大紛糾

ジレットの炎上CM、幹部が明かす制作の意図 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)

 

ジレットはこれまで「男らしさ」を前面に押し出したブランドイメージを構築してきましたが、本CMでは「男らしさって、常に素晴らしいものなんだっけ?」という疑問を投げかけ、「有害な男らしさ」に対して警鐘を鳴らすという、思い切ったメッセージを発信しました。

当然、これに反発する動きもあったりなど、まさしく「controversy」状態でした。

ジレットのCMが不快と炎上!激怒した俳優達と内容をシェア | スポーツマニアワン!

 

この状態を日本であればおそらく「炎上」と表現するはずですし、ここまでのメッセージを投げかける企業は日本では皆無ではないかと思います。もちろん、「だから日本の企業はダメだ」というようなことを言うつもりは全くありません。企業は社会変革を促すのが第一義なのではなく、社会に適合しつつ収益を最大化するのが目的ですから、「controversy」な状況を作ることが自社に短期的にも中長期的にも益が無いと判断するならば、そのようなことをする必要は無いのです。

とはいえ、今の日本企業は「flaming」と「controversy」を一緒くたにして「炎上」と呼び、批判を怖がりすぎているのではないでしょうか。

 

controversy」を恐れない

本ブログの一番最初の記事にも書きましたが、リスクを「ヘッジ」することと「マネジメント」することは、同義ではありません。

常に「ヘッジ」しか考えなければ、短期的なリスクは低減できても、中期的にはジリ貧に陥ります。

 

先にも述べた通り、企業は収益を最大化するのを目的としていますが、一方で、企業に対して社会の公器としての立ち振る舞いが強く求められる現代において、企業の姿勢をメッセージとして発信することの意義も考慮すべきでしょう。

 

もちろん、メッセージを投げかけるからには、発信者はそのメッセージの内容に対して責任が生じます。

イメージ先行の薄っぺらいメッセージであれば、すぐに底の浅さがバレて批判に晒されるのがソーシャルメディアの恐ろしいところです。なにしろソーシャルメディアは、その筋の専門家たちもたくさん利用しており、そのような専門家たちに「そんな底の浅いアプローチは却って害悪だ」と指摘される可能性が高いからです。ジェンダー関連で炎上に至っているプロモーションも、このパターンが非常に多いのが実情です。

 

つまり、メッセージを投げかけるからには、そもそもの社会課題をふわふわしたイメージで捉えて薄っぺらいクリエイティブに落とし込むのではなく、自分たちの中で芯から腹落ちさせなければなりません。それがメッセージの発信者としての最低限の責任です。

その上で発したメッセージであれば、「controversy」が発生しても恐れることはありません。「実際に取り組むべき社会課題がそこに有ることを、自分たちはよく知っている」と胸を張って言えるのですから。

逆に、ふわふわしたイメージだけでプロモーションを設計してしまった場合、ロジカルに反論されてしまうと「そんなつもりはありませんでした。ごめんなさい」としか言えなくなります。

メッセージを投げかけるには、そのメッセージに内包される社会課題について深く理解し、同時に、そのメッセージに対する様々な反論も予想しながら取り組む必要があります。その上であれば、プロモーションとしての効果も十分に担保することが期待できるでしょう。

 

 

 

「バイトテロ」の話題が流行っているので

「バイトテロ」の復活

飲食店やコンビニエンスストア、飲食品宅配店などのアルバイトスタッフが、業務中に自分たちの悪質な「おふざけ」の様子を写真や動画におさめ、それをソーシャルメディアにアップロードすることが発端となり、ネット炎上に至るケースがあります。

アルバイトスタッフによるこのような行為を「バイトテロ」と呼ぶようになったのは、この類のネット炎上が頻発した2013年からですが、2014年以降は「バイトテロ」はナリを潜めていました。

 

それが2019年に入った途端に、2013年にタイムスリップしたかのように「バイトテロ」によるネット炎上が頻発しており、連日のようにネットやテレビ、新聞などで取り上げられています。

 

このような「バイトテロ」の構造については、徳力基彦さんによる優れた論考が既にあるので、論の重複は避けたいと思います。

くら寿司動画炎上で考える、バイトテロが繰り返されてしまう理由(徳力基彦) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

徳力さんの論考でも触れられているとおり、2019年に入ってからのバイトテロについては、様々な意見がネット上でも飛び交っています。

その中でも、企業側の責任を問う声として主だったものは、以下の2パターンでした。

 

  • 教育が不十分だからこんなことが起こるんだ。コストを惜しまずちゃんと教育しろ。
  • アルバイトに対する待遇が悪いからこんなことが起こるんだ。待遇を改善しろ。

私個人としては、この2つの批判は事態の改善に対して一面しか捉えていないように感じます。

職務上、私は企業の側に立って具体的な予防策・解決策を構築する立場にありますので、本稿ではその観点から事態の分析と対策方法について述べていきたいと思います。(社会そのもののあり方を論じても企業の担当者には解決の手がかりにならないので、ここでは論じません。)

 

教育したら防げるのか

まずは、企業の責任を問う声の1つめ。

「教育が不十分だからこんなことが起こるんだ。コストを惜しまずちゃんと教育しろ。」

という意見に妥当性があるのかについて考えていきましょう。

 

この意見を発信している方々は、店舗のアルバイトスタッフの経験はあっても、教育プログラムを企画立案する側に立ったことは無いのではないかと想像します。

私は職務上、多くの企業の危機管理部門や人事部門、フランチャイザーの店舗管理部門の方々から相談をいただくことがありますが、このご時世に教育に未着手な企業などほとんど無いからです。

アルバイトスタッフやテンポラリースタッフをたくさん雇用している企業では、2013年のバイトテロブームの際に課題意識を持ち、何らかの教育に着手しています。

その上で、どの企業においても頭を抱えている課題として、以下のようなことをよく耳にします。

 

  • 現場スタッフ(宅配スタッフや店舗スタッフなど)の入れ替わりが激しいため、教育が行き届かない。(教育を徹底しようとすると手間と金がかかりすぎる。)
  • フランチャイズ展開の場合、フランチャイザー側ではフランチャイジーのアルバイトスタッフのことは全く分からない。入社や退職のタイミングも把握できないので、ガバナンスの効かせようが無い。フランチャイジーのオーナーに「教育してください」と依頼をして、教育のための素材を渡すところまではできるが、どこまで徹底されているかまでは直接管理できない。

つまり、教育しようとしても教育機会を十分に設けられていないのではないか、という問題です。

しかしながら、そもそも問題は教育機会なのでしょうか。

 

もちろん、現場がサボタージュして教育機会を設けていない、ということであれば論外ですが、「職場で写真や動画を撮ってネットに上げるな」という単純至極なことを教えるのに、何時間もかかるということは無いはずです。であれば、問題なのは教育機会よりも、教育効果の方ではないでしょうか。

 

業務手順のような、それを覚えないと作業ができないというようなものなら教育効果が目に見えて確認できます。日々の業務の中でチェックもできますし、できていなければ注意も容易です。

ですが、行動規範のようなものはどうしても、アルバイト先で言われたからといって急に身に付くものではありません。これを読んでいるあなたも、例えば、医者に「酒をやめなさい」と言われて、即日止められる人ばかりではないでしょう。それと同じで、教育を受けても「バレなきゃ、なんてことはない」と思っていれば、抑止が難しいのです。

そうなると、教育効果についてはかなり割り引いて考えなければなりません。

 

待遇を改善したら防げるのか

次に、

「アルバイトに対する待遇が悪いからこんなことが起こるんだ。待遇を改善しろ。」

という意見に妥当性があるのか考えてみましょう。

 

このロジックに対するカウンターとして多くの人が指摘しているのが、

「待遇良くても炎上するよね。企業の公式アカウントもよく炎上してるし。」

というものです。

このロジックについては、バイトテロと企業の公式アカウントの炎上を一概に比較できないという問題があると考えます。というのも、社会から求められる規範のレベル感や、投稿をする際の前提となる条件が異なりすぎているからです。

 

そこで、この場合は、すき家のケースを紐解くことが非常に有効ではないかと考えています。アルバイトの待遇が短期間に劇的に改善した中で、アルバイトスタッフのネットでの言動がどうなったかを検討することができるためです。

 

すき家は、2014年に、アルバイトスタッフ含む店舗従業員の過重労働が問題視され、「ワンオペ」という言葉が社会的に認知されるきっかけを作りました。

<すき家労働問題・上>「ワンオペは大変だね」と客に同情されたーーバイトが実態告白 - 弁護士ドットコム

<すき家労働問題・下>バイトの7割「45分以上の休憩ない」データにみる過酷な実態 - 弁護士ドットコム

 

すき家は、店舗スタッフの過重労働により、店舗スタッフの離脱が相次いだり、店舗スタッフによるネットでの告発が頻発したりなどして、店舗運営自体が難しくなり、全店舗のうち約6割の店舗で営業時間を短縮するなどの対応を余儀なくされました。

これを受けて、すき家を運営するゼンショーは、現場の待遇改善(ワンオペ解消だけでなく諸々)を宣言し、実行した結果、職場環境が改善したことによりスタッフ募集に対する応募が大幅に増え、売り上げや利益も大幅に上昇し、「ホワイト化すると経営も好循環が回り出す」という好例として話題になりました。

“ワンオペ”で叩かれた「すき家」のいま (1/2) - ITmedia ビジネスオンライン

 

しかしながら、そのすき家にして、20191月末にバイトテロが発生しています。

すき家が謝罪、従業員が店内で不適切な動画を撮影 - ねとらぼ

 

このすき家のバイトテロが、2019年のバイトテロ炎上ブームの嚆矢になった観もありますので、必ずしも待遇の良し悪しで解決する問題でも無いことは明らかです。

 

ただし、ブラック企業の権化であった当時のすき家に比べれば、バイトテロの頻度や重篤度は比較にならないぐらい軽微ですので、待遇の良し悪しが全く影響しないわけではないでしょう。

もちろん、ここでいう「待遇」は、お金の問題だけに収束しません(お金の問題も大事ですが)。大切なのは、職場に対するロイヤルティをいかに高めるのか、という観点です。「こんな店、辞めてやる!」と思っている人と「ここで長く続けたい」と思っている人では、当然、ヤンチャをする可能性が自ずと異なるでしょう。

とはいえ、全ての人間がこのような合理的判断を行えるわけではありません。合理的判断を行える程度は、個人によって大きなバラつきがあります。

そのような観点からも、待遇の改善だけで問題が解消されるわけでは無いでしょう。

 

厳しい法的措置を取れば抑止できるのか

教育や待遇改善が、無意味とは言わないまでも、それ単体で決定打とならない中で、評論家の荻上チキさんはくら寿司を運営するくらコーポレーションが201928日に宣言した「刑事、民事での法的措置について、抑止効果を期待するコメントをしています。

【音声配信】ネットリテラシー研修、それも必要だけれど……▼2019年2月11日(月)放送分(TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」)

 

荻上チキさんは、2007年にいち早くネット炎上に関する単著を出版するなど、ネット炎上に関しては造詣の深い方なので、その言には一定の説得力があります。

 

他方、このような厳しい法的措置によって負の連鎖が生まれるのではないか、という懸念の声も見受けられます。

「バイトテロ」は訴えても抑止できない、3つの理由 (1/6) - ITmedia ビジネスオンライン

 

これらの見解を踏まえつつ、私の見解を端的に述べれば

「厳しい法的措置をチラつかせただけで全てが解決するわけもないが、同時に、厳しい法的措置をチラつかせただけで負のスパイラルに陥るような職場は、そもそもどうやっても健全化などできない。」

ということに収束します。

 

まともな人材であれば、「やっちゃいけないことはやらない」のであり、「やっちゃいけないこと」が明示された上で、その内容が理不尽でなければ、「やっちゃいけないことをやったら法的措置」と言われたところで忌避感を持つわけがありません。(「やっちゃいけないこと」の中身が明示されなかったり、内容が理不尽であれば忌避感を持ちますが、そんな運用をする職場は「法的措置」云々に関係なく忌避されて当然です。)

 

単体での決定打は無い

ここまで見てきたように、どこかに特効薬が存在するわけではありません。

教育も待遇改善も法的処置もそれぞれに有効でありつつも、どれかだけで充足できるわけではなく全て必要である、というのが私の意見です。

 

とはいえ、やたらとコストかけるわけにもいかないのが企業運営であり、店舗運営でしょう。

なので、無駄を省いて運営できるように、手間を小さくできるよう設計することが大事です。

 

要点を上げれば、

 

  • 就業規則等で、バイトテロについての損害賠償請求を可能にする条項を設ける。(その方法は、以前ご紹介した書籍に詳しいのでご一読を。)
  • スタッフ採用の面接の際に必ず、バイトテロを行ったらクビにするだけでなく損害賠償もあり得る旨の説明をし、バイトテロをしないということに同意できるかを確認する。
  • 採用後の初期研修で、以下をできるだけシンプルに、明確に伝える。
    • 店舗内や就業時間中に写真や動画を撮ってネットにアップしないこと。
    • ネットにアップすれば、ネット民が見つけ出して騒ぐので、すぐにバレること。
    • その結果として炎上に至れば、高額な損害賠償請求が発生すること。
  • 働きやすい職場環境を整え、職場に対するロイヤルティを高められるようマネジメントする。そのためのマネジメント研究は各店舗任せにせず、本部がバックアップする企業体質を作ること。
  • 本部は、ブラック企業を反面教師としたマネジメント研究をすること。
  • 経営陣は、現代的労働観を学ぶこと。

というようなことに集約されます。

 

賠償請求という恐怖感だけで縛るのは限界がありますので、同時に、職場に対するロイヤルティ(=「この職場で働き続けたい」)を高める施策が欠かせません。

その職場環境改善も含め、後半の組織マネジメントについてはハードルの高さを感じる向きもあるでしょう。

しかしながら、かつてのゼンショーがそうであったように、これに着手することで経営全体が良いサイクルで回り始めるものなので、単にバイトテロ対策というミクロな話でなく、健全経営に向けての課題として取り組むのをお勧めします。