ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

広告審査の落とし穴

ネット炎上の昨今の傾向として、企業や団体のプロモーションが対象となるケースが少なくない割合を占めています。

その多くは「違法ではないけれど不適切である」という主旨の指摘がネット上に多数寄せられるなどして謝罪に至るわけですが、その謝罪文にはほぼ必ず再発防止に努める旨の記載があります。

本稿では再発防止に関連して、「マズい広告を作らないようにする」制作側の施策の話ではなく、「マズいクリエイティブに待ったをかける」広告審査側の施策について考えていきたいと思います。

 

広告審査とは

商品やサービスの広告を行う場合、そこには、文章、写真、絵、音声などの表現が発生します。

その表現は、景品表示法を始め、健康増進法や薬機法、各種業法などの様々な法律による規制がかけられています。

法律だけでなく、業界団体や企業によって広告表現を自主規制する場合もあります。

いずれも、商品やサービスの効果や優位性などを事実に反して過剰に喧伝することを防ぎ、消費者が商品やサービスに対して誤った理解をしないようにするための規制です。

 

新聞、テレビ、雑誌、webメディアなどには、自社の媒体に掲載される広告クリエイティブが法規制や自主規制に反していないかをチェックする人たち(広告審査担当)がいます。少なくとも、事業におけるコンプライアンスの必要性を理解しているメディアでは、広告を媒体に掲載する前に必ず広告審査担当がチェックし、マズい表現があれば差し戻します。

また、法律などに違反していないか、というだけでなく、自社の媒体の価値を毀損する内容でないか、品位を貶めるものではないか、などの視点でもチェックをします。

 

これに対し、広告を出稿する側(=広告主側)には、このようなチェック体制を用意している企業はあまり多くはありません。もしあったとしても、自社で出す広告のクリエイティブを全てチェックしているという企業は非常に少ないでしょう。

最近、企業のプロモーションのクリエイティブが不適切だとして炎上に至ったもので、自社のホームページや自社のYoutubeチャンネルにアップした動画が炎上するケースが多くを占めているのは、上記したような事情から、広告審査を経ずして公開されてしまうからだ、ということがしばしば指摘されています。

 

「炎上すると思います」自社CMに勇気を出して反対した女性。不幸な炎上を未然に防ぐには?(BuzzFeed)

 

広告審査部門を置くことの重要性

ソーシャルメディアが発達するまでは、宣伝をメディアでの広告掲載に頼らない方法は限られていましたが、現在は自社のホームページはもちろんのこと、ソーシャルメディアの公式アカウント運営やYoutubeチャンネル開設、インフルエンサーの起用など、インターネット上で様々なことができるようになっています。

このような環境の変化に対して、企業のプロフィット部門は必死にキャッチアップし、様々な手法を駆使して宣伝効果を上げようとしています。ただし、プロフィット部門としては当然ながら、「いかに売るか」が至上命題であり、それにブレーキをかけるような思考にはなかなかなれないことでしょう。

しかし現時点では多くの企業で、プロフィット部門が「この宣伝は炎上しないか?」というブレーキ役も同時に果たさなければならない状態に陥っているのではないでしょうか。まさに、アクセルを踏みながらブレーキも踏む、といった、非常に負荷のかかる状況ではないかと思います。

そのような状況では適切なリスク判断ができず、リスクがリスクのまま放置された状態になりかねません。

 

自前のネット施策の比重が次第に大きくなってきている企業では、マズいクリエイティブに対して「これはマズい」とジャッジしてくれる担当を早期に用意するべきではないでしょうか。それも、自社内に。

もちろん、広告審査業務を請け負う企業もあるので、そういう企業に外注するという手もありますが、私としては内製化することをお勧めします。

 

というのも、広告審査を請け負う企業は、企業や商品のブランディングまで考えてくれるわけではないからです。

どこまで攻めていいのか、どのような表現の場合にブランドを毀損することになるのか。外注化するならば、そういったことを請負先に明確に指示しなければなりません。フワフワとした概念だけ伝えても、請負会社は作業のクオリティを担保できません。

明確に指示するとなれば、その指示をできるほどの知見が社内になければならないわけで、「社内に知見が無いので、いい感じによろしくお願いします」では、うまくいかないのです。

 

「広告審査」で気にすべきは法律ばかりではない

広告審査担当を社内に用意したとして、それだけで安心はできません。

広告審査担当が法律や自主規制にばかり気を取られて、倫理観についての社会的風潮に対する嗅覚を養うことを怠ると、ネット炎上リスクは低減できません。

 

たとえば、先日、ピーチ・ジョン社がネット炎上するに至りました。

ピーチジョン社が販売する栄養補助食品について、自社サイトでの宣伝の文章中に不適切な記載があったとして批判を受け、結果、当該文章を削除するだけでなく当該商品を販売中止とするに至りました。

 

ピーチ・ジョン、サプリを販売停止し謝罪 広告の「こっそり相手に飲ませる」表現に批判 - ねとらぼ

 

販売中止となった栄養補助食品は、サイト上で「情熱的な感情を呼び起こす、男女兼用ラブサプリ」という、性的衝動が促されるものであることを印象付ける文言で紹介されていました。

その上で、「こっそり飲ませる」という使用方法が提案されていることが問題視され、不適切ではないかという批判を受けることとなったわけです。

 

実際のクリエイティブを広告表現の法規制の点から見たときには、医薬品的効能効果の標榜とまで言えるかどうかは断言できないものでした(かなり濃いめのグレーだとは思いますが)。この程度の広告表現を行なっているサブリメントメーカーは多いので、ピーチ・ジョン社だけが問題だ、ということではありません。

また、商品そのものも、いわゆるデート・レイプ・ドラッグとして問題視されるような成分(医薬品成分や麻薬成分など)が含まれているわけでもなさそうです。(あくまで商品紹介のページに記載されていた内容からの推察ですが。)

つまり、広告審査担当が薬機法や健康増進法ばかりに気を取られていた場合、このクリエイティブに「待った」をかけることができません。(法律を理由に待ったをかけたとしても、「これぐらい他社でもやってるじゃねーか」と反論を受けて押し切られるかもしれません。)

 

ここで必要になるのが、先に述べた「倫理観についての社会的風潮に対する嗅覚」です。

これに照らすと、先のクリエイティブにはいくつかの点で致命的な問題(それが今回の炎上の原因になっています)があるということに気付くことができます。

今回のクリエイティブの問題を一つ一つ詳らかにすることは本稿の目的ではないので省きますが、もしかしたら10年前であればこれほどの大炎上に至らなかったかもしれません。

ですが、ここ2、3年の議論のトレンドを把握していれば、現在ならば非常に問題視されるだろうことを容易に気付くはずです。ただし、このようなトレンドは昨今非常に流れが早く、プロフィット部門の人間が片手間でリアルタイムにキャッチアップするのは難しいでしょう。

そこで、専従の広告審査担当を設け、法律だけでなく、倫理的な議論も常にキャッチアップした上でクリエイティブのチェックを行うのが望ましいわけです。

 

「広告審査」に立ちふさがる2つの障壁

広告審査担当がクリエイティブをチェックして「これはマズい」と判断した場合、クリエイティブの修正・変更を要求することになります。

その際、クリエイティブの修正・変更を制作側に受け入れてもらうためには、2つの障壁があります。

 

1つは、制作側やプロフィット部門との力関係で広告審査担当の差し戻しが通らず、押し切られてしまうという問題です。

これはメディア側の広告審査部門でも発生し得る問題なのですが、社内では「売上を上げる側」「お金を持っている側」が常に強く、広告審査担当は邪魔者扱いされてしまう、ということがあります。このため、リスクマネジメントの観点からは、広告審査担当の意見が十分に考慮されるような体制づくりが欠かせません。

 

もう1つは、なぜ「マズい」のかを広告審査担当がロジカルに伝えられるかです。

広告審査担当は、問題を嗅ぎ取る嗅覚に優れていなければならないのですが、いくら嗅ぎ取っても、それがなぜ「マズい」のかを、制作側に対して明確に説明できなければなりません。

ただでさえ制作側には「なんでダメなんだよ」という不満が発生しやすいですし、プロフィット部門からは「売上の邪魔をするな」という圧があります。そんな中で、「ただの個人の感覚」だけを根拠に差し戻しをしようとしても、通りません。

つまり、広告審査担当には、「審査」のスキルだけでなく、審査結果理由を説明できるプレゼン力が必要となります。

 

体制づくりには経営側からの配慮やサポートが欠かせないのはもちろんですが、広告審査担当が社会的風潮をキャッチアップしたり、プレゼン力を身につけたりといったことも、独力の自己研鑽だけで賄うのは非常に難しく、会社組織としての取り組みが必要でしょう。