芸能人や政治家は、ヒール役にも需要があったり、功罪の功の部分に注目して熱心に支持してくれる人が一部でもいれば活動を維持できる面があるので、炎上マーケティングでの効果も一定得られる可能性が高いように思います。
その最たるケースがアメリカのトランプ大統領でしょう。
一方で、企業や団体は、よほどニッチな目的を設定した小さな企業・団体でなければ、いろいろな価値観の人を包摂して広く受け入れられないと成り立ちません。このような場合に果たして、炎上マーケティングは有効であり得るのでしょうか。
鹿児島県志布志市のケースをを例に考察してみたいと思います。
(雑な考察であることは平にご容赦ください。)
志布志市PR動画『少女U』とその後
2016年9月、鹿児島県志布志市のPR動画『少女U』がネット上で話題になりました。というか、炎上しました。
炎上の経緯等については迂遠を避けるために外部サイトへのリンクを掲載します。
志布志市のふるさと納税PR動画が削除に 養殖ウナギをスク水女性に擬人化、ネットでは批判の声も - ねとらぼ
賛否呼んだ「うなぎ美少女飼育」動画を削除 市長がホームページで謝罪(BuzzFeed)
志布志市のうなぎ少女動画で、海外メディア「多発する日本の女性差別の例」と続々報道 | ハフポスト
この動画は何のために作られたかというと、志布志市へのふるさと納税を促そうとするものでした。
そのために、返礼品の目玉である地場のうなぎを前面に押し出した結果がこの動画だった、というわけです。
大人しいPRでは世間の話題にのぼることもなく、誰の認知にも繋がらずに、ふるさと納税の額が増えることも期待できないという焦りもあったかもしれません。
おそらくはそういった意図があって、思わず話題にしたくなるような攻めた動画にしたのだと思います。
結果、多くの人が話題に上げましたが、その多くは批判的なものであり、志布志市側は動画の掲載を取りやめ、市長が謝罪するに至りました。
典型的なネット炎上の顛末です。
しかしながら、その後しばらくして、このような報道がなされました。
ウナギ少女効果?で3倍に 鹿児島・志布志市ふるさと納税(1/2ページ) - 産経WEST
炎上騒動があった2016年度の志布志市のふるさと納税額が前年に比べて3倍になったというのです。
このため、炎上マーケティングは効果があると言えるのではないか、と考える人も現れました。
(志布志市の件との直接の関連は不明ですが、2017年7月には宮城県のPR動画が炎上した際に、宮城県知事が明確に炎上マーケティングを志向するような発言をしていました。)
ただ、この「3倍」という数字について、果たしてネット炎上がどの程度寄与していたのかは、寡聞にして私の知る範囲では検証されていません。
本当に「炎上のおかげで3倍になった」のでしょうか。
炎上前後での志布志市のふるさと納税額の推移
志布志市のふるさと納税額はどのように推移したのか。
現状で一般に公開されている最新の情報は、平成30年度版の「ふるさと納税に関する現況調査結果(都道府県・市区町村別)集計結果」だと思われるので、これを元に紐解いてみましょう。
総務省|ふるさと納税ポータルサイト|トピックス|平成30年度ふるさと納税に関する現況調査について
2008年度から2017年度までの志布志市へのふるさと納税の件数は下記のとおりです。
(単位:件)
平成20(2008)年度 |
8 |
平成21(2009)年度 |
15 |
平成22(2010)年度 |
26 |
平成23(2011)年度 |
37 |
平成24(2012)年度 |
60 |
平成25(2013)年度 |
53 |
平成26(2014)年度 |
57 |
平成27(2015)年度 |
34,338 |
平成28(2016)年度 |
99,269 |
平成29(2017)年度 |
153,221 |
平成27(2015)年度にケタが3つも増えています。
次に、金額は以下の通りです。
(単位:千円)
平成20(2008)年度 |
3,215 |
平成21(2009)年度 |
10,915 |
平成22(2010)年度 |
6,178 |
平成23(2011)年度 |
6,250 |
平成24(2012)年度 |
8,662 |
平成25(2013)年度 |
7,090 |
平成26(2014)年度 |
5,134 |
平成27(2015)年度 |
750,269 |
平成28(2016)年度 |
2,253,398 |
平成29(2017)年度 |
3,040,000 |
たしかに前掲の報道のとおり、平成28(2016)年度は前年に比べて3倍の金額です。
が、ここで同時に、平成27(2015)年度については前年に比べて146倍であるという事実にも目を引かれます。3倍という数字が霞んで見えるぐらいの倍率です。
もちろん、絶対的な金額の多寡もあるので、単に倍率だけで比べることはできませんが、認識しておかなければならないのは、炎上した平成28(2016)年度に初めて大きくふるさと納税額が伸びたということではないということです。
他方、志布志市の金額だけを見ていても、全国的なトレンドが分かりません。
そこで、全国のふるさと納税額の合計値も見てみましょう。
(単位:千円)
平成20(2008)年度 |
8,139,573 |
平成21(2009)年度 |
7,697,723 |
平成22(2010)年度 |
10,217,708 |
平成23(2011)年度 |
12,162,570 |
平成24(2012)年度 |
10,410,020 |
平成25(2013)年度 |
14,563,583 |
平成26(2014)年度 |
38,852,167 |
平成27(2015)年度 |
165,291,021 |
平成28(2016)年度 |
284,408,875 |
平成29(2017)年度 |
365,316,666 |
近年のふるさと納税ブームもあり、全国規模で大きく金額が上昇しています。すごいですね。
これによると、全国合計額は、平成28(2016)年度は前年に比べて1.7倍です。ふるさと納税額そのものが全国レベルで大きくベースアップしていますね。
となると、志布志市の「3倍」を、「炎上のおかげで3倍」と考えるのは妥当性を欠くように思われます。
また、財政というのは1年だけ潤えば良いということではありません。
PRする際にはおそらく、「批判はあっても、それをきっかけに認知してもらって、返礼品が良いということを分かってもらえれば、きっと翌年以降にもつながるはずだ」という思いがあったのではないでしょうか。(あくまで憶測ですが。)
それでは、翌年はどうだったでしょうか。
志布志市への金額は、平成29(2017)年度は前年比1.3倍強。他方、全国合計額は1.3倍弱。ほどんど差がありません。
つまり、ベースアップ分程度しか、志布志市ののふるさと納税額は増えていません。
さらに言えば、平成29(2017)年度については、
返礼品紹介サイト閲覧を市職員に指示 ふるさと納税で鹿児島・志布志市 ランキング上位狙い - 産経WEST
このような、グレーな手法を取ってまでPRに努めた結果であることも考え合わせなければなりません。
つまり、2016年の炎上による知名度効果は、翌年まで持ち越すことはできなかったと思われます。
以上から、炎上によって得られた知名度がふるさと納税額に与えたプラスの効果は、かなり限定的であったと考えるべきではないかと結論します。
炎上で失ったものは?
ここまでは、志布志市が炎上で得られたもの、という観点から考察してきましたが、一方で、失ったものについても考えていきたいと思います。
というのも、真の利益は、得たものと失ったものを相殺して初めて評価できるものだからです。
おりしも、炎上の直前である2016年の2月~3月、志布志市では市民に対する意識調査を行っていました。
その内容が、志布志市役所が発行する広報誌『市報しぶし』の2016年8月号、9月号に掲載されています。
特に9月号に掲載されている「地域ブランド化への期待」という項目では、上位5位までの回答として
「生産者の収入増加」
「関連産業の振興・雇用の増加」
「観光客の増加」
「地域の知名度と誇りの向上」
「地域のまとまり・活性化」
が挙げられています。
『少女U』で「知名度」は確かに向上したと思われますが、果たして「誇り」は向上したのでしょうか。
また、今、地方自治体は、ふるさと納税額を増やすこともさりながら、企業や移住者を呼び込んで法人税や事業税や住民税を税収として上げるということにも躍起になっています。それでなければ財政が成り立たないからです。
果たして、炎上による知名度向上は、企業や住民を呼び込む効果を得たのでしょうか。
直近の志布志市の税収の推移を見てみましょう。
(単位:千円)
|
税収合計額 |
ふるさと納税額 |
ふるさと納税差し引き |
平成26(2014)年度 |
11,892,950 |
5,134 |
11,887,816 |
平成27(2015)年度 |
11,859,930 |
750,269 |
11,109,661 |
平成28(2016)年度 |
14,130,439 |
2,253,398 |
11,877,041 |
(参照元:http://www.city.shibushi.lg.jp/docs/2018100400154/)
2018年1月17日現在、発表されている集計が平成28(2014)年度まででした。
また、平成25(2013)年度以前については「税収等」の項目が見つけられず、追えていません。
これを見ると、ふるさと納税以外の志布志市の税収額は緩やかな下り坂である可能性が読み取れます。(3年だけなので、断定はできませんが。)
炎上の翌年である平成29年度の税収がどのように推移しているかは現時点では不明ですが、返礼品として買い上げた商品を扱う地場の企業からの法人税が加わったとして、果たしてどれだけの増収があったのかは刮目する必要があるでしょう。
他方、もしふるさと納税による増収がなければ、志布志市の財政を待っていたのは緩やかな死であったかもしれません。
そこに、棚からボタ餅のように、平成27年度に前年比146倍ものふるさと納税がもたらされます。
それによって、「これだ! どんなことをしても、ふるさと納税に力を入れろ!」という意思決定に傾いたとしても不思議ではありませんし、それが2016年(平成28年)の『少女U』につながったというストーリーが頭をよぎります。(あくまで憶測です。)
結論
炎上によって志布志市のふるさと納税額が上がった可能性は否定できませんが、その効果は限定的であり、住民の「誇り」や、市外からの移住のモチベーションということまで勘案した場合には、炎上がプラスに働いたとは必ずしも言えないでしょう。
むしろ、目先の限定的な利益のために、長期的なブランディングを犠牲にしたと考えるのが妥当ではないでしょうか。
参考図書:
『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』 第2章「炎上は地方を救うのか?」(河井孝仁)