ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

ステレオタイプという罠

企業がプロモーションやマーケティングを行う場合、年齢、性別、職業、収入、居住地、家族構成などなど、様々な属性で区切って消費者のペルソナを設定します。

その上で、商品企画におけるマーケティングリサーチであれば、ペルソナに合致する人に対して各種調査を行うでしょうし、広告を作るのであれば、ペルソナが共感するであろう(そして、購買意欲を掻き立てられるであろう)内容や表現にするでしょうし、テレビCMを流すのであれば、ペルソナが視聴するであろう時間帯や番組を選んで放映するでしょう。

 

この「ペルソナ」は、企業側として「きっとこういう層が一定数いるはずだ」という前提に基づいて作られます。その根拠となるのは、統計調査であったり、マーケッターの生活者観察の結果の定性的な気付きであったり、様々です。

 

今回はこの「ペルソナ」が、あまり良くない意味での「ステレオタイプ」を生んでいるのではないか、というお話をしたいと思います。

 

「ステレオタイプ」とは

人は日常生活を営む際に、目についた物事1つ1つに対していちいち熟慮するなどということはしません。そんなことをしていたら、何もできないままに1日が終わってしまうからです。

そこで、我々人間が情報をどう処理するかといえば、物事を大雑把な枠にハメて単純化しているわけです。

たとえば、渋谷のスクランブル交差点で大量の人が歩いているのを、1人1人個別に認識するということはせず、「人間がたくさんいる」という概念に単純化して情報処理をします。

常に大量の情報に接している現代人は、この「単純化」によって脳の負担を軽減しているとも言えるでしょう。

 

ですが、この「単純化」は、時に厄介な齟齬を生みます。

その1つが、「ステレオタイプ」という、思い込みによるレッテル貼りです。

 

ステレオタイプについては、以下のリンク先のスライドが非常にシンプルで分かりやすいので、ご覧いただいてからこの先の文章をお読みいただくと良いと思います。

 

心理学ミュージアム 人に対する思い込み(~ステレオタイプと光と影~)

 

ステレオタイプという単純化された思考で反射的に物事を判断するのは、脳の労力が軽くて済むので非常に便利です。このような情報処理の仕方は、おそらく進化の過程で手に入れた適応の一種なのではないかとも思います。

ただ、この「ステレオタイプ」というのは、十分な根拠もなく物事を十把一絡げにまとめてしまうことでもあるので、時に間違った判断を誘発します。先に挙げた「人に対する思い込み(~ステレオタイプと光と影~)」には、そのような間違った判断についての分かりやすい例が挙げられています。

このように、ステレオタイプを前提とした思考には、労力を軽減するメリットがある一方で、本来その枠にハマらない人まで枠にハメてしまうという間違った判断をしてしまうデメリットも存在します。

 

とはいえ、ステレオタイプによる誤った判断・思考を確実に回避するというのは、非常に難しいことでもあります。

なにしろ、ステレオタイプで思考しているときは、当人はそれをステレオタイプだと気付いていないからです。だからこその「思い込み」なわけです。

 

まさにこのようなステレオタイプの罠にハマってしまったのが、先日のトヨタのプロモーションでしょう。

トヨタ、女性に「やっぱり、運転苦手ですか?」→批判殺到でTwitter削除・謝罪 (BuzzFeed)

 

あくまで想像の域を出ませんが、トヨタ側としては、自動車運転に苦手意識のある人をサポートするような機能や装備が豊富にあるということを訴求していきたかったのではないかと思うのですが、その「自動車運転に苦手意識のある人」をペルソナとして具体化した時に「女性ドライバー」と短絡してしまったのではないでしょうか。(あくまで私の想像です。)

ペルソナは顧客像を単純化したものなので、どうしてもステレオタイプに直結してしまう可能性をはらんでいます。

ペルソナ設定はマーケティング活動において無くてはならないものではありますが、プロモーションをする際にはそれにばかりとらわれて、ステレオタイプの罠に陥らないように気をつけなければなりません。

 

なお、本件はどうしてもジェンダーの問題として話題に挙げられる傾向がありますが、それは問題を矮小化したり、認知を歪めたりする恐れがあると私は考えます。ステレオタイプの罠は、ジェンダーの問題だけでなく、人種、国籍、年齢、職業というような属性、さらには、「運動が得意・不得意」とか「性格が明るい・暗い」などの傾向や性格においても同様に生じる問題だからです。

このため本稿では、ジェンダーという観点からは本件の問題を論じることをしません。

 

「ステレオタイプ」の罠を回避するためには

ステレオタイプの何が問題なのかを端的に言うと、

「そうでない人もたくさんいるのに、十把一絡げに枠にハメる」

ということが認知を歪ませ、場合によって差別を生む温床になるからです。

ちょっと考えれば「そうでない人もたくさんいる」ということに気付けるはずなのですが、反射的に思考を単純化することで、そのことに気付けなくなってしまうことがあります。これが「ステレオタイプの罠」に陥ってしまうことの本質なわけです。

では、これを避けるためにはどうすれば良いのか。「思い込み」を「思い込み」であると気付けるようになるためには、どうしたら良いのか。

 

解決法の1つとして、「定義と統計的事実とエセ統計的事実と主張を区別する」という方法があります。

 

「定義」とは、例外なく全てそれに当てはまるものです。

たとえば、「惑星とは何か」と言えば、非常に面倒な定義があり、この定義にハマらない冥王星は惑星ではないとされるわけです。(私の世代は子供の頃、冥王星は惑星だと教えられてきましたが、2006年に惑星ではなくなりました。)

質問5-8)惑星の定義とは? | 国立天文台(NAOJ)

 

次に「統計的事実」ですが、これは「定義」とは異なり、傾向を示すものであるため、個々の状態を一概には言えません。

たとえば、ある学校の数学の平均点が、男子の平均点が女子の平均点より3点高かった、というような場合、「すべての男子がすべての女子より得点が3点高い」ということを表すわけではありません。女子にも高得点は居る可能性もありますし、男子にも得点の低い者が居る可能性もあります。つまり、個々の点数が、必ず女子より男子の方が高いということではありません。

 

少し脱線しますが、実は人間の脳は、定義と統計的事実を区別するのが苦手です。

このため、「男子の平均点の方が女子より3点高い」という話をした場合に、「それはおかしい!男子よりも得点の高い女子もいっぱいいるのに!」という批判が寄せられたりします。もちろん、もし誰かが「男子が常に女子より点数が高い」と定義をしたのであれば、この批判は妥当します。が、統計に対する批判としては妥当しません。

プロモーションを企画・制作する場合は、人間の脳はそういう誤解をしやすいものなのだということを前提として企画・制作することが重要だろうと思います。

 

次に「エセ統計的事実」です。「印象論」という言葉に置き換えても良いかもしれません。

これは、実際に統計調査を行ったり、統計調査結果を批判的に検証したりした成果としての「事実」ではなく、自分の経験の範囲で見聞きしたことの中で印象に残っていることを選択的に「類型化」しているだけ、というものです。

たとえば、「血液型がA型の人は几帳面」というような血液型占いなどはこれに当てはまるでしょう。

また、「昔はそれで正解だったけれど、今は状況が変わっている」という場合も、これと同等と考えるのが良いでしょう。

たとえば、中央省庁がよく用いる「日本の平均的な家族」という概念では、「夫と妻と2人の子供。妻は専業主婦」という家族構成を想定しているケースが多いのですが、バブル期以前の日本ならいざ知らず、このような家族構成は逆にマイノリティとなりつつあるわけで、現状を反映しない「統計的事実」は、もはや「エセ」と言っても言い過ぎではないでしょう。

 

最後に「主張」。

これはもはや、どのような意味においても「事実」ではなく、発言者が「こうであるべきだ」「こうであるはずだ」と思っているだけのことを、あたかも自明の理であるかのように発言するケースが当てはまります。

政治家の失言などでは、このケースが度々見受けられます。

 

この4つは、それぞれ明確に異なるのですが、人間の脳はこれを直感的に区別することを不得意とします。この区別がゴチャゴチャになった結果として、ステレオタイプが横行することになるわけです。

逆に言えば、上記4つの区別をつけることを意識していれば、「ステレオタイプの罠」にハマることをかなりの割合で回避できます。(100%ではないのは、人間という生物の限界です。当然、私も無理です。)

 

前述したトヨタのプロモーションは、「統計的事実」と「エセ統計的事実」の両方の可能性があります。ただし、問題になったツイートだけでは統計的事実について全く触れられていないので、主に「エセ統計的事実」であるという印象を見る者に与えます。このため、ステレオタイプに当てはめた女性差別だ、というような批判を招くわけです。

 

では、例えば、女性が男性に比べて車の運転に苦手意識を持っているというような何らかの「統計的事実」を挙げて、「女性のみなさん、やっぱり苦手ですか」と問いかけたとしたらどうでしょう? 

少なくとも、今回のような批判のされ方は避けられたのではないかと思いますが、では、「統計的事実」があるのに何故わざわざTwitterでアンケートを取るのか、というツッコミを受けそうです。それが致命的な問題かどうかは判断の分かれるところと思いますが、特別な意図が無いのであれば、わざわざ消費者を逆撫でするようなことは避けた方が良いのではないかと思います。

 

もちろん、意図を明示した上であれば、一般の理解を得られやすいとは思います。

たとえば、

「国土交通省の調査結果でこんな結果が出てましたが、トヨタのアカウントをフォローしてくれている人たちに限定した場合にはどうなのか、皆さん興味ありませんか? アンケートにご協力ください。」

とか。

ただ、そこまでしてこのアンケートを取るべきなのかは別な議論が必要でしょう。

 

 

以上、今回はトヨタのプロモーションのみを「ステレオタイプの罠」の具体事例として取り上げましたが、ここ2~3年の間に炎上しているプロモーション案件のかなりの割合が「ステレオタイプの罠」で説明可能なので、広告・宣伝に携わる皆様には是非ご注意いただければと思います。

 

余談

トヨタの謝罪コメントにおいて

「女性の運転技量が男性よりも劣るかのような不適切な表現がございました。」

と、具体的に問題点に言及している点は高い評価を受けるべきと考えます。問題に正しく向き合っているという姿勢が明確に伝わってきますので、他の企業も見習うべきでしょう。

 

余談その2

先に述べたとおり、本稿ではジェンダーの観点をあえて外しました。

が、広告におけるジェンダーに関するステレオタイプ問題は、一昨年の時点でこんな動きもあったので、念頭に置いておくのが良いでしょう。

広告におけるジェンダーに基づくステレオタイプを無くしていく共同イニシアチブ:アンステレオタイプ・アライアンス | UN Women – 日本事務所

 

 

参考記事:

ネットに溢れる「ステレオタイプ」と「バイアス」ここが違います(水越 伸) | 現代新書 | 講談社(1/4)