ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

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下ネタは、下ネタだから炎上するのか

普段、広告関係者(広告代理店の方々や企業の宣伝・広告担当の方々)とお話をしている中での印象として、炎上狙いのプロモーションでもない限り「下ネタ」はプロモーションにおいてタブーである、ということが共通認識になりつつあるように感じます。

 

今回は、そんな「下ネタ」は、下ネタ”だから”炎上するのか、ということについてお話していきたいと思います。

 

「下ネタ」とは

「下ネタ」とひとくちに言っても、人によってイメージする範囲が異なるかもしれません。なにしろ「下ネタ」の「下」は「下品」の意味も含んでいると広義には解釈されるので、範囲を広げようとすればどこまでも広がっていきます。

通常は「下ネタ」といって想起される範囲は「排泄」と「性」ではないかと思いますが、「排泄」を積極的にプロモーションに利用することもないと思いますので、本稿では主に「性」に関する話題、砕けた表現をすれば「エロネタ」に焦点を絞りたいと思います。

 

下ネタ”だから”ダメなのか

近年のネット炎上史を考えた場合、「下ネタ」を理由に炎上に至ったプロモーションとして、鹿児島県志布志市PR動画「少女U宮城県観光PR動画「涼・宮城の夏」がまず挙げられるでしょう。

いずれも、露骨な性描写があったわけでなく、性描写を連想させるような描写があったことが問題視されました。

 

直近では、熊本県の女子ハンドボール世界選手権の宣伝バナー(のぼり)が、「手クニシャン」「ハードプレイ」など、わざわざ性的なイメージを想起させる言葉を用いて炎上しました。

女子ハンド世界選手権の宣伝バナー、エロ表現使用で撤去。「手クニシャン」「ハードプレイ」が炎上 | ハフポスト

 

この炎上については、「こんな程度のことで目くじら立てなくても・・・」という論調も多く見受けられましたが、実際に批判をする人がいて、しかもその批判に一定の説得力がある以上、広告・宣伝としてはその批判を理解した上でクリエイティブを検討していかなければなりません。

(批判されること自体がNGなのではないことは、以前の記事にも書いた通りですが。)

 

志布志市、宮城県、女子ハンドボール世界選手権、いずれの場合も「性描写を連想させるような描写」が問題視されたわけです。他にも、ここではいちいち挙げませんが、これを理由として炎上したプロモーションはいくつもあります。

こういった事例を見ると、もはや「性」自体がタブーなのではないか、という印象すら生じるのも無理のないことでしょう。

 

ですが、これの反証となるような事例も存在します。

 

「下ネタ」でも、炎上しないケースもある

日本が誇る高性能コンドームのメーカーで、オカモトという企業があります。

そのオカモトが2017年に、コンドーム使用に関する啓蒙動画を公開しました。

無駄にハイテンション 某ブートキャンプ風にコンドーム装着方法を教える動画が暑苦しい - ねとらぼ

 

6分近くに及ぶ動画の中でひたすら訴求されているのは、コンドームの正しい付け方です。

しかも、途中には軽いお色気ネタを挟みながら、ハイテンションで駆け抜けていきます。

 

多くの広告関係者は、おそらくこのご時世にここまで真っ向から「下ネタ」を扱うことは躊躇いを感じるのではないでしょうか。

コンドーム利用の啓蒙動画を作るとしたら、もっと無難な、教材のようなテンションのクリエイティブに気持ちが傾いてしまう可能性も大きいのではないでしょうか。

 

ですが、事実として、このプロモーションは炎上していません。

動画の再生回数を考えれば、「そもそも誰の目にも触れなかったから炎上しなかった」ということでもなさそうです。つまり、炎上するような動画であれば、とっくに炎上したであろう程度には認知があったはずです。

 

では、なぜ炎上しなかったのか。

日経ウーマンオンラインで、当時、このような考察記事が掲載されました。

コンドーム啓発CMに学ぶ 猛烈炎上しそうでしない鍵 (1/4):日経doors

 

この記事の大意としては「細かいところに配慮しながら、ハイテンションでやりきったから」というような考察がなされていますが、非常に重要な点についてあまり言及されていません。

 

それは「必然性の有無」です。

 

高評価だったケースとして

もう一つ、エロを想起しやすい企画ながらも、炎上どころか高評価を得たプロモーション企画について見ていきたいと思います。

 

2018年に「山田孝之があなたのバストを測定します」という、ワコールによるプロモーションイベントがありました。

山田孝之にバストサイズを測定してもらえる企画が大反響 うっかり胸を触ってしまう可能性も - ねとらぼ

 

イベント告知時点でのネットの反応は「おいおい、大丈夫か」という様子見のスタンスでしたが、イベント当日の様子などが報じられると、炎上どころか喝采を以って迎えられる結果となりました。

このような評価を得るために、イベント当日の主催者側からのTwitterでの発信内容は、エロの要素を打ち消し、いかに面白い雰囲気にするかということに心を砕いている様子が見て取れました。

 

しかしこれも、「面白さがエロさに勝った」という捉え方で語ってしまうと、事の本質を見誤ってしまいます。

このプロモーション企画においても炎上しなかった理由の最もベースとなる条件は「必然性の有無」だったと考えるべきです。

 

「必然性」とは

面白さが突き抜けていれば下ネタでも大丈夫、などという解釈をしてしまうと、

「では、志布志市や宮城県は面白くなかったからいけなかったのか。もっとぶっ飛んでいれば炎上しなかったのか」

という話になってしまいます。これは、完全に本質を見誤った議論です。

 

最もベースとして必要なのは「必然性」です。必然性無くして、どのような要素(面白さやテンションの高さやシュールさなどなど)を乗せようと、無駄です。

 

では、必然性とは何なのでしょうか。

 

オカモトのコンドームは、宣伝すべきものがコンドームです。コンドームは性行為に用いる道具ですから、性行為そのものを否定するような文脈では成り立ち得ません。その時点ですでに「性」について語る「必然性」が存在するのです。

もちろん、必然性だけで炎上しない条件が充足するわけではありません。

例えば、コンドームをたくさん売るために「みんなもっとセックスをしましょう!」などというメッセージを発信したら、おそらく大炎上していたと思います。コンドームの会社がコンドームの正しい利用方法について啓蒙する、という、「性」の必然性と正しいメッセージを兼ね揃えて初めて、受け入れられる最低限の素地が出来上がります。

 

また、「山田孝之があなたのバストを測定します」については、大前提として、下着メーカーが正しいサイズの測り方を啓蒙するという必然性と、メッセージの正しさがあります。それを誰が行うのか、どのように行うのか、をエッセンスとして加えるにあたり、山田孝之さんという超然としたキャラクターが「エロ」を笑いに昇華させる上で大いに役立ったと考えますが、あくまでベースにあるのは必然性と正しいメッセージです。

 

他方、志布志市や宮城県や女子ハンドボール世界選手権では、このような「必然性」や「メッセージの正しさ」は存在したでしょうか。

そうです、ハッキリと皆無です。

 

この手の問題は、議論がジェンダーの問題に置き換えられがちですが、前の記事でも触れとおり、それでは却って本質が見えなくなりがちです。

「必然性」と「メッセージの正しさ」を含まない面白さは、単なる悪ふざけに堕する可能性が高いことを理解する必要があるでしょう。

 

タブー視することの問題点

少し話は変わりますが、「性」に関することを論じた流れで、いたずらにタブー視することに対する疑問が呈されていることについても触れておきたいと思います。

 

生理用品のCMでは、製品の吸収力を示すための映像において、赤い液体ではなく青い液体を使用するのが常です。

これに対して、「経血をタブー視するのはおかしいのではないか」という考えから、イギリスの生理用品メーカーがCMにおいて赤い液体を用い、話題になったことがあります。

生理の血は青くない──業界のタブーを破った英CMの過激度 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

これについては賛否両論がありました。

「生理は恥ずかしいことじゃない!」イギリスの生理用品CMが革新的だと話題に – grape [グレイプ]

生理用品のコマーシャルで使われる月経血は「ブルー」のままでよい - wezzy|ウェジー

 

どちらの意見が正しいか、ということではありません。現時点ではどちらも正しいと考えるのが妥当です。

ただ、プロモーションの企画・制作に携わる方は、このような問題提起がなされ、議論が交わされているということを理解しておく必要があります。

それらを理解した上でタブーに挑戦することと、無自覚にナイーブに素朴にタブーに触れてしまうこととでは、批判に対する事前の想定力が大きく異なります。

(批判に対する事前の想定がなぜ大切なのかはこちらの記事をご参照ください。)

 

この「想定力」の違いが、「炎上」に終わるのか、建設的な「論議」になるのかの違いを生むと言っても過言ではありません。

「炎上」はただの逆プロモーションでしかありませんが、建設的な「論議」を起こせれば、企業としての評価が高められる可能性は十分にあるのです。