ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

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ネット炎上における拡散の仕組み② 「拡散」における、直感とロジックについて

前回は、ネット炎上に至る「拡散」においては、直感に訴えかける要素と、「一理ある」と思わせるような頭の良さげな内容との2つが必要だ、ということを述べました。

 

今回は、その「直感」ということについて掘り下げていき、また、同時に、「一理ある」と思わせるような頭の良さげな内容との関係性についても考察していきたいと思います。

 

「直感」の正体とは

ここでは、哲学で言うところの「直観」ではなく日常語としての「直感」、つまり、「なんとなくそんな気がする」という感覚を指す言葉としての「直感」を前提にお話をしていきます。

 

何かの事象に対して反射的に起こる脳の反応としては、論理的思考よりも感覚的な判断でしょう。

たとえば、初対面の人に対する第一印象などは、パッと見の好き嫌いという「直感」によるものです。(もちろん、その「好き」「嫌い」の理由について、後からそれっぽい理屈をつけることはできると思いますが、それはあくまで後付けの理屈です。)

 

ロジックよりも先に直感が発生するというのは、社会心理学や行動経済学の分野では広く定着している考え方です。

2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの表現では、ここでいう直感は「システム1」、ロジックなど熟慮が必要なものは「システム2」と呼ばれます。(かなり雑なまとめ方をしていますので、詳細にご興味のある方は『ファスト&スロー』上巻下巻をご一読ください。)

 

前回の記事で書いた通り、この「システム1」の範囲に属する「直感」こそが、なんらかの事象を目にした時に思わずソーシャルメディアで発信してしまうトリガーになるのです。

 

この「直感」によるトリガーは非常に強力です。

心理学者のジョナサン・ハイトは著書『しあわせ仮説』の中で、欲求や感情のこと(本稿でいう「直感」も含むと考えて良いでしょう)を「象」に例え、意思や理性を「象使い」に例えました。

曰く、象使い(=意思や理性)は象(=欲求や感情)に対して行き先を指示することはできるが、必ずしもその指示に象が従うとも限らず、無理に従わせることもできない、というような主旨のことを述べています。

 

カーネマンの「システム1」とハイトの「象」は全く同じものを指すわけではありませんが、近しいものだと思って差し支えないでしょう。

例えば、バイトテロはまさしく「象」の暴走を止められなかった「象使い」の分かりやすい例です。また、「拡散」という現象に絞ったとしても、誰かを非難・批判するソーシャルメディアの投稿の中には、ちょっと常軌を逸した憎悪をむき出しにしているようなものもあり、そのような時に人間の中の「象」の暴れん坊ぶりを目の当たりにするわけです。

 

「直感」は常に暴走するのか

ただし、必ずしも「システム1」や「象」に人間のすべての行動が支配されている、ということではありません。

熟慮が必要な思考(理性的思考や論理的思考)によって行動をすることが可能な場合もあることを、我々は自身の経験として知っています。

 

特にソーシャルメディアにおいては、ネットユーザーの間での「ソーシャルメディアリテラシー」という名の自己防衛学習が進んでおり、そういうネットユーザーはかなり自覚的に情報を発信するようになっています。

もちろん、バイトテロを起こすような、全くリテラシー学習のできていないネットユーザーも居ます。

このことは、ネットユーザーの中でもリテラシーに大きな格差があることも示しています。

21世紀に入ったばかりの頃、インターネットを利用できる人とできない人の間での情報格差が問題となり、「デジタルデバイド」などと呼称されていましたが、これに加えて現代に起こっているのは、ソーシャルメディアリテラシーによるデバイドであると言えます。)

 

前回の記事でも触れたとおり、直感的なリアクションを自制するネットユーザーは多々います。

その「制止する」行動はリテラシー学習の成果ですし、そのようなソーシャルメディアリテラシーの高い層の方が、「拡散」における影響力が大きいように思います。(これに関してはエビデンスは無く、私のウォッチャーとしての経験の中での印象です。)

 

直感的なリアクションを抑止した場合、結果としてどのようなリアクションになるかというと、より支持されやすいロジックへの落とし込みです。(前回の記事では、「「一理ある」と思わせるような頭の良さげな投稿」と記載していたものです。)

 

単に「嫌いだ! 不快だ!」と言っているだけでは、単なる個人の嗜好の話であるため、第三者にとって説得力を持つ内容になりません。

このため、「直感」で「嫌だ! 不快だ!」と感じたものであっても、より多くの人にその「直感」に同意してもらう(「一理ある」と思ってもらう)ためには、なんらかの普遍的な表現に昇華させなければなりません。その際、手間暇をかけるなら、短編映画を作るなどのような表現方法も可能ですが、多くの場合は文章情報(イラストが描ける人は漫画仕立てにすることもありますが)です。

広い範囲の人々が同意できるように文章で表現するためには、広い範囲の人々にとってそこに普遍的な価値が見出されなければなりません。その時によく用いられるのが「正義」です。

 

ネット炎上における「正義」

ここでいう「正義」は、非常に広範な概念を内包します。

ジャスティスのような絶対正義から、素朴な道徳感情、フェアネスやウェルビーングのような理念、リバタリアンやコミュタリアンといった倫理に関するそれぞれの主義など、多様です。

このため、ある人が「正義」だと思っていることが、他のある人にとっては全くの不正義である、ということもあり得ます。(様々なステークホルダーの意見がインターネット上で可視化されている昨今、「正義」がいかに多様なものであるかはすぐに理解できるでしょう。)

ですから、「正義」そのものを声高に主張しても、多くの人の同意は得られにくいと思われます。

では、大きく拡散する、つまり、多くの人が首肯し「その通りだ!」と声を上げやすいのはどのような場合かというと、「いろいろな正義があるとは思うけど、どんな正義に照らしても、これは良くないことなんじゃないか?」というロジックです。

 

たとえば、人種差別は「正義」を尺度とした場合、どんな種類の正義でも正当化するのは難しいでしょう。(1800年代には、大真面目に正義の枠内で人種差別を正当化する言説が主流を占めていたこともあったでしょうけれど。)

これが、「人種差別を解消するためにはどのような対策を取るべきなのか」という具体的なことになってくると、各人の「正義」の在り方によって見解が異なるでしょう。が、人種差別は悪であるという総論としては一致を見やすいので、「この広告表現はこういう部分が人種差別に当たって、けしからん」という投稿には同意できる人が多くなるわけです。

 

この「正義」を主張できるロジックこそが、ネット炎上において「拡散」に対する阻害要因を解消するわけです。

 

とはいえ、ここまで見てきた内容だけでは、「拡散」に対する阻害要因が取り除かれただけで、積極的に拡散する理由にはなっていません。

なぜ人は、自分が当事者でもない問題に対して、場合によっては被害者以上に熱心に非難や批判をするのでしょうか。

 

それについては、脳科学で説明可能です。

端的に言ってしまうと、人間の脳は「正義」を行使すると快楽ホルモンであるドーパミンが放出されるように出来ており、このドーパミンによる快楽は非常に強い動機づけになるからです。

 

橘玲さんのブログに、非常に端的に説明されている記事がありましたので、ご紹介します。(やや偽悪的な書き方をしているのがちょっと気になりますが・・・)

ネットを徘徊する「正義依存症」のひとたち 週刊プレイボーイ連載(326) – 橘玲 公式BLOG

SNSの「正義」はオルガスムと同じ? 週刊プレイボーイ連載(373) – 橘玲 公式BLOG

 

この記事は「ネット炎上」ではなく「ネットリンチ」的な事象を強く意識した文脈になっていますので、非常に否定的なニュアンスを有しています。

私個人の意見を申し上げれば、ネットリンチは決して許されることではないのに対し、ネット炎上は社会として有益な学習機会であると考えていますので、現象自体を悪であるとは考えていません。(「どんどん燃やせ!」ということではありません。念のため。)

 

ネットリンチとネット炎上の違いについては、また改めて別の記事で書きたいと思います。

 

なお、脳科学に関するこのあたりのことをより詳しく知りたい、という方は、脳科学者・中野信子さんの『シャーデンフロイデ』をお読みいただくのが良いと思います。非常に平易に、正義感情による他罰行為(本書ではこれを「利他的懲罰」と呼んでいます)を脳科学の観点から解説してくれています。

 

以上から、「正義」の行使は快感につながるというのが「拡散」の積極的理由と考えて良いでしょう。

 

「拡散」には「直感」と「ロジック」の両方が必要

ここまで、いつにも増して理屈っぽいお話をしてきましたが、結論めいたことを言えば、ネット炎上における「拡散」の原動力としては、「直感」による「けしからん!」という思いと、「ロジック」によって正義感情に訴えかける普遍性の両方が必要である、ということに尽きます。

 

今回は非常に抽象的なお話に終始してしまったので、次回はこの「直感」と「ロジック」の2つが、炎上にどのように寄与するのかを、実際にあった事例を元にお話していきたいと思います。