ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

広告クリエーターのお悩み

東洋経済オンラインに、非常に興味深い記事が掲載されていました。

toyokeizai.net

 

これを拝読し、広告制作側の悩みに深く首肯するとともに、広告クリエイティブを原因としたネット炎上の予防施策について、制作サイドにまだまだ認識が広まっていないのだなぁということを実感しました。

これはひとえに、私のようにソーシャルメディアにおけるリスクマネジメントを仕事とする者が、自身の存在をしっかりと伝えられていないが故であると襟を正さざるを得ません。

 

今回は、クリエーターのお悩みに寄り添いつつ、実務としての解決の提案についてお話ししていきたいと思います。

 

考え方は多様だ

記事において著者は、ジェンダー1つとっても、考え方が人ぞれぞれであるということの難しさについて指摘しています。

 

フェミニストの間でだっていろんな意見があるし、女性でありながら女性差別を肯定する人もいる。私たちは何かと女性代表であるかのように「女性の意見」を求められるが、女性だって本当は多様なのだ。 

 

このような多様な考え方がネットに表出する時代だからこそ炎上は発生するわけですし、多様な考え方全てに配慮したクリエイティブを常に作り続けられるかといえば、非常に難しいことでしょう。

例えるならそれは、サイコロで絶対に「1」の目を出さずに100回振り続けることと同じだと思います。何の細工も無いサイコロであれば、100回どころか10回も難しいでしょう。

ただ、「100回は無理でも、80回ならイケる」という状態にするのがリテラシーであると、私は考えています。

 

ここでいう「リテラシー」とは、「なにを言ったらどういう属性の人からどういうツッコミが入るのか」ということを想定できる力のことだとお考えいただくのが良いと思います。

このリテラシーを身につけるには、トピックごとにどのような議論ポイントが存在しているのかを知ることが重要です。

 

たとえば、著者が記事であげている女性のジェンダーに関するトピックだけでも、「いろんな意見」が存在します。

もちろん、ジェンダーのトピックは女性問題だけでなく、LGBTQもホットトピックです。また、トピックはジェンダーだけではありません。人種、出自、貧富格差、恋愛格差、政治思想による分断、地方の格差、などなど、数え上げたらキリが無いぐらいに様々なトピックがあり、そのトピックごとに「いろんな意見」が存在します。

また、その「いろんな意見」の中でも、穏当なものから極端なもの、賛同する人が僅少であろうものから多くの人が納得感を持つものまで様々です。

 

こんなに様々な視点を要求されるような議論ポイントを網羅的に知ることは、果たして可能なのでしょうか。

結論から言えば、個人で取り組むことも無理ではないにしろ、かなりの労力をかける必要があるでしょう。具体的には、ネット上で交わされる議論に常に目をくばり、同時に、哲学や倫理学、法哲学などのような思想系の学問や、社会学のような人間行動を広く扱い学問、ひいては、認知科学のように人間行動を生物学的観点から分析するような学問まで学ばなければならない可能性があります。

これは、普通に働くビジネスマンにとって、かなりの高負荷である割に見返りの少ない営為ではないかと思います。

 

では、こういった議論のポイントはどのように学習すれば良いのでしょうか。

 

「いろんな意見」の学び方

著者は、実際にネット炎上の生の声をSNSで見てみたといいます。

 

私自身も、ある広告が炎上したとき、SNSの投稿を興味深く追いかけていたら、数時間ほどコピーが書けなくなってしまった経験がある。批判の言葉でパンパンになった脳は、アイデアを出せなくなってしまうことを知った。ジェンダー炎上ときちんと向き合わず、「最近みんなうるさいよね」と流してしまうクリエーターが多いのは、ある種の防衛本能かもしれない。

 

まさにこのとおりで、炎上の最中に激昂している批判者のツイートを読むことは、学習としてはかなり遠回りなだけでなく、場合によっては逆効果になることもあり得ます。

というのも、炎上真っ只中の、スクリーニングされていない投稿の数々には、罵詈雑言もあれば極論もあり、そのような文脈に不慣れな広告クリエーターが生のまま接触するには不要な刺激が多いからです。そのような剥き出しの言葉に接してクリエーターが感じるのは、恐怖や疲弊だけではないかと思います。

 

では、どうやって学習すべきなのか。

 

どんなクリエーターでも、たとえば「在日朝鮮人は朝鮮半島に帰れ!」などというコピーを書いたらダメなのだということは分かっているはずです。

それは何故「分かっている」のかといえば、ネトウヨの加害行為をつぶさに見たからでもなく、ネトウヨに対する批判をたくさん読んだからでもなく、「常識」としてロジカルにも直感的にも理解しているからなはずです。つまり、その「常識」は、トラブルの現場(ネット炎上で言えば燃え上がっているSNS)をつぶさに観察して身につけたものなのではなく、日常での教育の結果として身につけたものなはずです。

ネット炎上の難しさは、ひとえにこの「常識」が日々ネット上で議論され先鋭的に拡張されている状況に、かなりの割合の人がついていけていないということに起因しています。

 

記事中で著者がLOFTのバレンタイン広告を引き合いに出して、

 

「女の敵は女」「女の友情は希薄」などという固定観念に、みんなウンザリしていたんだなあと思うし、私もそれには同意する。しかし女性ウケしそうなイラストとポップなアートディレクションを見ると、こういう表現をつい最近まで面白がってたんじゃないのか?と、作り手側としては混乱するような気分もある。

 

としています。特に、「こういう表現をつい最近まで面白がってたんじゃないのか?」は、クリエーターとしての本音であり、まさに、先鋭的に拡張された常識に対しての戸惑いではないかと思います。

(ちなみに私は、LOFTバレンタイン広告の真の原因は、ジェンダー問題ではなく別なところにあると考えています。詳細はこちらの記事をご参照ください。)

 

しかも、この「先鋭的に拡張された常識」は、常に変わり続けます。つまり、一度理解したら10年同じ常識で大丈夫、というようなものではありません。今の「常識」は、1年後には通じなくなっている可能性があります。

また、「#metoo」のようなキッカケがあれば、それを起点にガラリと大幅に変化するものですあります。

 

これと似たように「常識」がどんどん変わっていくジャンルとして、情報セキュリティ分野が挙げられます。

情報セキュリティに関する「常識」も、テクノロジーの日々の発展に伴ってめまぐるしく変化しているわけですが、このような変化に対応するために、おそらく多くの企業において、最低でも年に1回は、全従業員に対して情報セキュリティ研修の受講を義務付けている場合が多いでしょう。

これと同様に、ネット炎上における「常識」も、高頻度で上書き学習をする必要があるといえます。

 

また、「これはダメ」「あれはダメ」とダメなことを列挙して覚える、というような一問一答丸暗記形式では「先鋭的に拡張された常識」に対応できません。「なぜそのトピックでは、このようなアプローチがNGなのか」というロジカルな理解が必要です。

そうでないと、応用が効かないばかりでなく、炎上しそうなクリエイティブに「炎上しそう」という指摘を行う際に、なぜ炎上しそうなのかの言語化ができず、声を上げづらいという問題が生じます。

 

実際、記事の中でも下記のとおりの指摘があります。

 

かといって制作者以外の人間がチェックをするのも、簡単ではない。大勢の人間が関わり、アイデアを積み上げ、作り上げたものに対して「これはマズイですよ」と言うのは勇気がいる。マズイと思うあなたの感覚は正しいんですか? と、針のむしろになるかもしれない。

 

感覚ではなく、ロジカルに言語化できなければ、炎上リスクを衡量することができず、合理的な判断はできません。仮に「感覚」が正しかったとしても、その「感覚」に他の人が納得できなければ、まさに「針のむしろ」になってしまうので、ロジックを立てての言語化は必須です。

 

このようなことから、トピックごとの論点を整理して、

「このトピックでは、こういう観点とこういう観点が有力で、過去に炎上したこのクリエイティブでは、後者の観点を持つ人からの非難が強かった。この非難の妥当性はこれで、一方、反論の余地としてはこれだ」

というレクチャーを受講する機会を設けることが重要なのではないかと思います。

 

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上記のような

「このトピックでは、こういう観点とこういう観点が有力で、過去に炎上したこのクリエイティブでは、後者の観点を持つ人からの非難が強かった。この非難の妥当性はこれで、一方、反論の余地としてはこれだ」

というようなレクチャーのご依頼を承っております。

 

ご興味があれば、

info@s-risk.net

までお問い合わせください。