ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

【追記あり】カネカの炎上に見る、レピュテーションマネジメントの要諦

化学系メーカーとして有名なカネカが、人事労務問題で炎上しています。

 

夫の育休直後に転勤命令「信じられない」妻が告発 カネカ「コメントは差し控えたい」(BuzzFeed

 

カネカ、育休(合法)行使の男性社員に遠距離転勤(合法)行使でやり返したと配偶者発の炎上・育休ページ削除(市況かぶ全力2階建)

 

ことの経緯は上記の記事をご覧いただくとして、ソーシャルメディアに関するリスクマネジメントの観点から考えて本件は大きく2点の課題が挙げられます。

今回は、この2つの課題について整理し、企業がソーシャルメディアにおけるリスクマネジメントを考えるに際して、どのような対策を取るべきなのかについてお話ししていきたいと思います。

 

課題1. 人事制度運用について

発端は、マイホーム購入後間もない、育休明けの男性従業員に対して遠方への転勤が命じられ、それを断ると退職せざるを得ない状況が作られたという、当該男性従業員の妻による告発ツイートでした。

 

ツイートの時点では、本アカウントのフォロワー数は145人だった(ツイプロによる)ので、本アカウント自体に大きな影響力があったわけではありません。これが、影響力のあるアカウントによって引用リツイートされ、拡散に至ります。

 

本来は、拡散される前に会社側で発端となるツイートを捕捉し、何らかの対処をすべきであったでしょうが、会社名が特定できる情報は61日に初めて公開されたので、それまでは捕捉のしようがなかったものと思われます。

ただし、問題の本質は、本ツイートを会社側が発見できなかったことではなく、本ツイートが投稿されるに至った人事労務上のトラブルですので、ここではこれ以上掘り下げません。(このあとの「課題2」には関連しますので、そちらで掘り下げます。)

 

本件で問題視されている(=ネットでの批判の対象となっている)人事労務上の問題は、下記の通りです。

  • 男性従業員の育休明け直後の遠方への転勤命令パタハラ、懲罰的人事
  • マイホーム購入直後の遠方への転勤命令「ローンを組んだばかりなら会社の命令に逆らえないだろう」という昭和的人事観
  • 会社側(上司)が提示した退職日が急である。
  • 退職までに有休消化をさせない。

という4点が主なものです。

ここで注意しなければならないのは、主な非難・批判の的になっているのは退職日や有休消化の問題ではなく、むしろ、(従業員側から見れば)無茶な転勤命令に非難・批判が集中しているということです。(もちろん、有休消化をさせない件について、「それが妥当な処置である」という反応ではなく、「そんなのはダメなのは当然のことで、論ずるに値しない」というスタンスなわけです。)

 

転勤命令については、元ツイートの記載内容が全て本当のことであったとしても、違法であると断じるのはなかなか難しいでしょう。(もちろん、業務命令の濫用であるとなれば、適法性が疑問視される可能性もありますが。)

ですが、今回の炎上においては適法性の当否が議論の対象になっているわけではありません。適法であったとしても、従業員が抗命しにくい状況にあることや、また、懲罰的人事に見えるようなタイミングであったことにより、道義的な妥当性を強く問われているわけです。

 

企業側の論理としては、

「適法な運用をしているのに、なんで文句を言われなきゃならないのか」

「どこの企業もやっていることなのに、なんでウチだけ文句を言われなければならないのか」

と考えるかもしれません。(カネカがそう考えている、ということではありません。念の為。)

ですが、「法律さえ守っていればOK」というのは、「評判」という観点からは下策です。

 

なぜ企業が「働きやすい職場」ということをアピールするのかといえば、優秀な人材に集まって欲しいからです。

カネカの場合も、ワークライフバランスを謳い、くるみんマークを取得するなど、働きやすい環境をアピールしていた企業です。

その際、それと整合しないような過酷な人事労務の実態があるのであれば、「働きやすい環境」のアピール自体が欺瞞とみなされ、ネット炎上につながりやすい状況が発生します。

 

これは、ネット上での評判という曖昧なものだけでなく、実際の人材確保にも影響を与え得る問題です。

新卒の就職活動生がほぼ必ず参照すると言われる「みん就」というサイト上でも、内定辞退に関する書き込みが多数寄せられているという情報もあります。

【画像】カネカ育休問題の大炎上で株価急落!不当転勤辞令⇒退職追込み

実際に内定辞退者が発生しているかを部外者が確認することはできませんが、働きやすい職場を期待して就職を希望した就職活動生が、その期待とのギャップが大きいことを認識した場合、内定辞退を申し出る可能性は十分にあるでしょう。

 

他方、ワークライフバランスの逆をいくような、根性論の体育会系のような社風を自他共に認めている企業であれば、ネット上の反応も「まぁ、そうだよね」という冷ややかなもので終わった可能性も十分にあります。(もちろん、それでも、違法性のある運用をしていれば、バッシングは当然されますが。)

 

参考:

オープンハウスの職場パワハラ告発、ありがちすぎて株価は無風 : 市況かぶ全力2階建

 

もちろんこれは、ハナから悪い評判を広めておけば良い、ということではなく、評判だけ高めるのではなく実態を伴うよう努力をしなければならない、とご理解いただくのが妥当です。

 

課題2. 広報の対応

この記事を書いている6517時時点で、カネカはまだ公式見解を発表していません。

 

ネット炎上に限らず、何らかの問題が生じて大いに話題に上がっている状態に対して何日も公式見解を出さずにいると、ネット上では様々な憶測が飛び交い、その憶測がやがて真実であると認識されるようになってしまいます。

 

今回の炎上に関しても、男性従業員の妻によるツイートが全て本当のことであるかどうか(嘘や課題表現を盛り込んでいないか)については、部外者である我々には判断材料がありません。我々が得られる情報は、具体性と時系列を伴った生々しい一連のツイートのみです。

この一連のツイートは、第三者にとって真偽を確かめる手段は無いものの、尤もらしさは確かに感じさせるものです。

また、もしこのツイートがデマであるのなら、これほどまでに話題になっているのにカネカ側が何の反論もしないというのは不自然である、という疑念を第三者に抱かせます。

その印象を端的に表現しているのが、フォロワー78万人(!)のジャーナリスト・佐々木俊尚さんによる下記のツイートでしょう。

 

 広報の初動が遅ければ、本件を深掘りされるだけでなく、本件に直接関わりのない話まで掘り起こされて、話題に上げられてしまいます。

 

特に、64日の日経ビジネスオンラインの記事は、その典型でしょう。

カネカ続報、「即転勤」認める社長メールを入手:日経ビジネス電子版

 

企業側が説得性のある公式コメントを発表しない限り、憶測やリークが、マスメディアでもソーシャルメディアでも飛び交います。

公式HP上の育休に関するページを炎上後に削除したのではないか、というような疑惑など、痛くもない腹を探られるようなことが発生してしまうのも、まさにこの派生によるものです。)

そうなると、ますます企業に対する不信感が募る結果となります。

 

(炎上時に果たすべき企業の説明責任については、こちらの記事をご参照ください。)

 

トラブルに関する説明を十分に行わないままウヤムヤに終わったケースとしては、日大アメフト部問題が記憶に新しいところですが、これは、皆が忘れたから話題に上がらなくなったのではなく、悪い印象が定着したためにわざわざ話題に上げるまでもなくなったという構図であることを理解する必要があります。

実際に、日本大学の入試出願者数は、アメフト部問題後に13%も減少したわけです。(参照:平成3 1 年度日本大学入学志願者数一覧

(なお、他大学の入学志願者数は前年並みで推移していたことが報道されています。記事

 

マスコミ等で問題が頻繁に報じられていたのが平成30年の夏頃までであったことと願書の受付期間を考え合わせれば、報道されなくなってからの影響関係も十分に見て取ることができ、説明をせずに逃げ切ろうということは決して上策ではないことが分かります。

 

本件の場合、個別の従業員の処遇に関する話なので、公式コメントを発表するにもどこまで発表できるのか(できないのか)、判断の難しいところですが、上記の通り、何の公式コメントも出さないというのは決して得策ではありません。

が、何をどう発表するのか、実際に炎上が発生してからゼロベースで考えるとなると、「できればこのまま嵐が去るまでジッとしていたい」という思いに囚われやすくなり、迅速かつ冷静に必要な対処を行うことが難しくなります。

このためリスクマネジメントでは、平時のうちにケースと対処を想定しておくことが重要なわけです。

 

ソーシャルメディアに関するリスクマネジメントはBtoB企業も必須

ネット炎上というと通常、一般消費者に対して商品やサービスを通じて相対する企業(C向け商品のメーカーや小売り、飲食業、など)が気をつけるべきもののように思われがちなのですが、カネカの場合はほぼ純粋なBtoB企業です。(子会社で一部、一般消費者向けの健康食品を製造していますが。)

このことから、BtoB企業であっても、ある種のネット炎上に対する想定はしておかなければならないということが、本件の前提の理解として必要です。

 

せめて、これまで数々の企業が炎上してきたパターンを整理し、その炎上パターンが果たして自社にも相当する可能性があるのか、可能性があるパターンについては実際に問題が生じた際にどのように対処するのか。

このようなリスクの棚卸をし、平時から関係各部署および経営陣で認識を共有しておくことこそ、最も重要なリスクマネジメントです。

 

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ソーシャルメディア特有のリスクに関する棚卸や分析についてのご用命は

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追記

66日に、以下のステートメントがカネカから発表されました。

 

当社元社員ご家族によるSNSへの書き込みについて

 

ソーシャルメディア上での拡散が始まったのが61日であったことを考えると、ステートメント発表のタイミングとしては異例の遅さです。

「状況が分からないから何も発表しない」ということではなく、「ただいま事実関係を調査中です」というコメントだけでも早期に発表し、誠意をもって対処しているという印象を形成するのが基本中の基本なわけですが、遅きに失した感が否めません。

 

また、ステートメントの内容についても、ネットでは概ね不評なようです。

最も問題なのは、有給休暇を取得させなかったという事実について、何らコメントが無いという点です。

もし有給休暇を取得させなかった、ということ自体が事実無根であるならば、それを明記すべきですし、事実として有給休暇を取得させなかったのであれば、それについての説明をしなければなりません。

この点について触れられていないため、ステートメントにおいて自社の無謬性を論じていることに説得力が生じず、十分な納得感が得られない結果となっていると言わざるを得ません。