ソーシャルメディア時代のリスクマネジメント

ソーシャルメディア関連を専門とするリスクコンサルタントが、企業のリスクマネジメントについて書いています。

阪急電鉄×パラドックス社の中吊りに見る、「共感」と「反感」の構図

阪神電鉄がパラドックス社とコラボレーションして企画した車内広告(中吊り)に対する評判が非常に悪く、いわゆるネット炎上に至りました。

 

阪急電鉄、「はたらく言葉」車両ジャック企画中止へ 批判受け「思いが至らなかった」 : J-CASTニュース

これ「働かせたい言葉」? 阪急炎上「はたらく言葉たち」批判殺到の理由を考える - ねとらぼ

 

本件の経緯は、すでにたくさんのメディアで報じられているので、ここでは詳しくは述べません。

ざっくりおさらいすると、パラドックス株式会社という、ブランディングなどを手掛ける企業が企画・出版する『はたらく言葉たち』という自己啓発書からピックアップした「言葉」を中吊りとして阪急電鉄の車内に掲示したところ、非常に評判が悪かった、という話です。

 

この現象に関して、様々な方々がそれぞれの立場から分析されていますが、本稿では「共感」と「反感」という観点からお話をしていきたいと思います。

 

説教されたくない

本件の中吊り(および、「はたらく言葉たち」特設サイト)について、そこに書かれている内容が現実に即していない、とか、ブラック企業経営者の発想だ、といったような個別の非難・批判がネット上には書き込まれていますが、非難・批判の本質は単純に「古い価値観で私たちに説教するな」ということです。

 

本コンテンツの企画者であるパラドックス社は、特設サイトの中で以下のように語っています。

私たち、パラドックスは約15年に渡り、人の志を軸に多くの企業様のブランディングに携わってきました。会社の中核を担う社員様のヒアリングの中で毎回のように紡ぎ出されるのは、はたらくことにまつわる名言たち。これを自分たちだけで、とどめておくのはもったいない。この言葉を、もっと多くの人に届けることで、働くことにやりがいや誇りを見出だすきっかけにならないだろうか。そう考えて、年に一度これらの言葉を一冊に編集し、世の中に発信しています。

「はたらく言葉たち」に収録されている、今回非難の的となった「言葉」がいつごろ発言されたものであるかは分かりませんが、15年の蓄積があるようなので、昔の「言葉」をそのまま中吊りに掲載しているケースもあるかもしれません。

すくなくとも、「言葉」の内容を見る限り、昨今の労働観の変化に対して全く理解が及んでいないようです。

 

これらの「言葉」の発言者はかなりマッチョな労働観の持ち主のようです。

私個人としてはそのような労働観そのものを頭ごなしに否定するつもりはありませんが、このような「言葉」は、

「ゴリゴリ働いて立身出世したい」

「何がなんでも自分の事業をどんどん大きくしたい」

というような思いを持っている人々には受け入れられるにしても、それ以外の人々には、共感どころか、反感を買ってしまうことは、容易に想像してしかるべきです。

 

例えば、育休中の女性が赤ちゃんを抱えながら、この中吊り広告で満たされた車両に乗ったとして、「そうだそうだ、言う通りだ」と思うでしょうか。

むしろ、自身の仕事を休んで育児に奔走し、その一方で夫は育休を取得するどころか、毎日残業続きで育児参加どころか会話もままならない、というような状況であったら(実際そういう家庭も多いでしょう)、「何言ってやがる」という感想以外、持ちようがありません。

(育休中の女性に対して「仕事を休んで楽をしている」という認識を持っている人を今でも見かけますが、そういう方からすると上記のような心象は理解できないかもしれません。が、その時点でその方は現代社会の実態をキャッチアップできていないことが明白なので、価値観のアップデートが緊急で必要です。)

 

また、日々、上司や取引先に振り回されて疲弊しているサラリーマンがこの中吊りを見て、「その通りだ、自分も奮起しなければ!」と思うでしょうか。「説教は上司からだけで十分だ。これ以上、中吊りにまで説教されたくない」と思うのが当然ではないでしょうか。

 

現在の日本社会の労働観は、起業家のように自身の裁量とリスクテイクで24時間働くような人々がいる一方、男性も育児休暇を取ることが推奨されつつあるようなワークライフバランス重視の思考や、精神論ではなく合理性を担保して生産性を高めるべきだという考えなどなど、昭和型の画一的な根性論から脱却して多様性が許容されつつあるという過渡期にあります。

このような流れの中で、

「今どきの若者(ないしは、社会)に物申す」

というフォーマットで提示すれば、それは当然「古い価値観に基づいた説教」という受け取られ方しかしません。

 

それは誰の「共感」なのか

昨今の広告は、直接的な「商品の認知」や「購買促進」よりも先に「共感」を獲得することに重きを置くケースが多くなってきています。

この「共感」というのは大変扱いが難しいもので、価値観の多様化によって、誰かの「共感」は他の誰かの「反感」につながることが非常に多くなっていますし、同時に、ソーシャルメディアの一般化によって「反感」が可視化されやすい状況でもあります。

 

このため、宣伝したい商品・サービスのターゲット層の「共感」を得ることだけしか考えずに宣伝活動を行なった場合に、ターゲット外の人々の目に触れて「反感」を招き、それがソーシャルメディアで拡散されてネット炎上に至る、ということが昨今のプロモーションの炎上の一類型となっています。

 

ソーシャルメディアにおけるリスクマネジメントを考えた場合、そのクリエイティブに「共感」するのは誰で、「反感」を持つのは誰で、「反感」を持つ人々がその反感をどのようなロジックで発信するのかを、しっかりと想定しなければなりません。

想定した結果として、「反感」を持つ人々のロジックに説得性が無いだろうことが想定されるならば、拡散・炎上に至る可能性は低いので、そのクリエイティブでプロモーションを実行しても問題ないでしょう。また、ある種の説得性のあるロジックで「反感」を表明する人がいたとしても、それに対する備えをあらかじめ用意できていれば、一方的に叩かれて終わりではなく、社会に建設的な議論を巻き起こすことができ、場合によっては企業やブランドのイメージを向上させることができます。(詳しくはこちらの記事をご参照ください。)

 

このような「共感」「反感」に対する事前の想定をすることは、世間の反感を恐れた日和見であるかのように見えるかもしれません。

しかしながら、広告が純粋な言論活動であるならば、

「自分たちが正しいと思っていることを発信できないなんておかしい」

という議論も成立し得ますが、広告は、言論活動である前に宣伝活動です。多くの反感を買ってまでそのメッセージを発信するべきかは、企画段階で十分に検討するべきでしょう。

同時に、ここで重要なのは、先にも述べた通り「世間に迎合しろ」ということではなく、「反感」を予想してロジックを立て、その「反感」を企業のブランディングおよびマーケティング上許容できるのかを検討するということです。

 

本件「はたらく言葉たち」の中吊りについては、阪急電鉄のご担当社は

「我々も見てチェックしていたのですが、思いが至らなかった。」

と、J-CASTの取材に対して述べられているので、この「反感」に対する想定が不十分であったという他ありません。

本件の中吊りの言葉に共感する人も一定いたかもしれませんし、ターゲットはそのような「共感」してくれる人だったかもしれませんが、様々な立場や価値観を持つ人々が目にする電車の中吊り広告においては、「反感」に対する想定が重要だということを念頭におく必要があります。

 

なお、蛇足ではありますが、本件で中吊りに掲載されたような言葉は、書店の自己啓発本のコーナーに行けばいくらでも存在しています。なぜそれが炎上しないのかといえば、その本のターゲットになっている人以外にほぼリーチしないからです。

これが広告と異なるところです。

 

多様な人に受け入れられるのは、厳しさではなく優しさ

本件がネットで拡散・炎上する中で、対比として評判を上げたのが、西武鉄道の中吊りです。

news.livedoor.com

 

「はたらく言葉たち」が想定していたターゲットは、おそらくビジネスマンだと思うのですが、ビジネスマンたちの多くは、仕事で上司や取引先から説教をされる立場です。この上、なんで広告にまで説教されなきゃならんのだ、という「反感」を抱くのは、本来容易に想像がつくところです。

他方、上記の西武鉄道の広告は、その広告を見る人を全肯定しています。肯定されて嫌な気持ちになる人は少ないですし、もし仮に「反感」を抱く人がいても、その人の「反感」が多くの人に支持されるロジックとしてソーシャルメディア上に拡散することは無いと言えます。

 

このように、誰にとっての「共感」で、誰にとっての「反感」になるのか、ということが、ソーシャルメディア時代の広告では重要なのです。